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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題068 辻斬綺談
068 つじぎりきだん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第五卷 蝉丸の香爐」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年6月20日再版
初出「オール讀物」文藝春秋社、1937(昭和12)年10月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-06-16 / 2015-03-08
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、あつしはもう癪にさはつて癪にさはつて」
 ガラツ八の八五郎は、いきなり錢形平次の前に、長んがい顎を漂よはせます。
 よく晴れた秋の日の朝、平次は所在なく雁首を爪繰り乍らあまり上等でない五匁玉の煙草包をほぐして居るのでした。
「何をブリ/\してゐるんだ。腹の立て榮えのする面ぢやないぜ、手前なんか」
 一服吸ひ付けて、平次は暫らく薄紫色の煙をなつかしむ風情です。
「だつて、これが癪にさはらなかつた日にや、親分、生きてゐるとは言へないぜ」
「大層思ひ込んでしまつたんだね。其の癪にさはるわけを言つて見な。誰が一體手前に三年前の割前勘定なんか催促したんだ」
 平次はまだニヤリニヤリとして居ります。
「そんなんぢやねえ。割前なんか、拂はねえことに決めてゐるから、催促されたつて驚くあつしぢやねえが――」
「成程、氣は確かだ」
「町内の蝦子床へ入つて、順番を待つうち、中で木枕に頭を當てゝ、ついウトウトとしかけたと思ふと、多勢立て込んだ客が、あつしが居るとも知らずに、飛んでもねえ話を始めた――」
「――」
 ガラツ八の癪の原因は、何か筋道が立ちさうな氣がして、平次も少しばかり本氣になります。
「――近頃神田一圓を荒し廻る辻斬野郎、――最初は弱さうな二本差を狙つてゐたが、近頃はタチが惡くなつて、町人でも女子供でも、見境なくバサリバサリやつた上、死骸の懷中物まで拔くといふぢやないか、――武家の惡戯は、町方役人の知つたことぢやねえと言ふ積りだらうが、一體誰がこれを取締つてくれるんだ、――錢形とか平次とか、大層顏の良いのが居たつて、辻斬へ指も差せねえやうぢや案山子ほどの役にも立たねえ、――と斯うだ、親分」
 ガラツ八が腹を立てたのも無理はありませんが、町内の衆が、浮世床で不平を漏したのも理由のあることでした。この夏あたりから、神田一圓を荒し廻る辻斬の無法慘虐な殺戮は町人達は言ふ迄もなく武家も役人も、御用聞の平次も腹に据ゑ兼ねてゐたのです。併し、市井の小泥棒や、町人同士の殺傷沙汰と違つて、腕の利いた辻斬では、平次の手にも負へず、それに、神出鬼沒の早業で、幾度か正體を見屆け損ねて、夏も過ぎ、秋も半ばになつたのでした。
「その通りだよ、八、町内の衆の言ふ事にこれんばかりも間違ひはない」
 平次は自責の念に堪へ兼ねた樣子で、思はず深々とうな垂れます。
「親分、さう言はれると、一も二もねえ。が、床屋の店先で、遠慮もなく親分の惡口をまくし立てるのは、憎いぢやありませんか。一番憎い口をきいたのは、遊び人の――」
「そいつは聽かない方が宜い、――なア八、憎いのは町内の衆ぢやなくて、人間を牛蒡や人參のやうに斬つて歩く、辻斬野郎ぢやないか」
「――」
 平次はツイ、無法な殺戮者に對する、鬱積した怒を爆發させます。
「二本差同士なら兎も角、町人まで斬つて歩くのは我慢がならねえ。八、手を貸して…

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