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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題013 美女を洗ひ出す
013 びじょをあらいだす
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第九卷 幻の民五郎」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年7月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1932(昭和7)年4月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-04-02 / 2014-09-16
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 芝三島町の學寮の角で、土地の遊び人疾風の綱吉といふのが殺されました。櫻に早い三月の初め、死體は朝日に曝されて、道端の下水の中に轉げ込んで居たのを、町内の人達が見付けて大騷ぎになつたのでした。
 傷といふのは、伊達の素袷の背後から、牛の角突きに一箇所だけ、左の肩胛骨の下のあたり、狙つたやうに心臟へかけてやられたのですから、大の男でも一たまりもなかつたでせう。刺された拍子に轉げ込んだものと見えて、下水の中は蘇芳を流したやうになつて居ります。
 この邊の繩張りは、柴井町の友次郎といふ御用聞、二足の草鞋を穿いて居るといふ惡評もありますが、先づ顏の通つた四十男。早速驅け付けて、役人の檢屍の前に、一と通り、急所々々に目を通しました。
「親分、ひどい事になつたものですね」
「お、八五郎か。錢形の仕込みで大層鼻が良いな」
「からかつちやいけません。まだこの死體を見付けてから、半刻と經たないつて言ふぢやありませんか。いくら鼻がよくたつて、神田から驅け付ける暇なんかありやしません」
「ぢや品川の歸りつて寸法かい」
 友次郎は何處までからかひ面だかわかりません。
「飛んでもない、川崎の大師樣へ日歸りのつもりで、宇田川町を通ると此騷ぎでせう」
「成程ね。そこで、俺の間拔けなところを見て笑つてやらうと言ふ廻り合せになつたんだね。まア、宜いやな。この通りの始末だ。種も仕掛けもねえ、よく見てやつてくんな」
 友次郎の妙に絡んだ物言ひが癪に障らないではありませんが、ガラツ八とは貫祿が違ひますから、腹を立てたところで、喧嘩にも角力にもなるわけではありません。
「殺されたのは、疾風の綱吉だつて言ふぢやありませんか」
「さうだよ。可哀さうに、後ろ傷で往生しちや綱の野郎も浮ばれめえ。何とか敵を討つてやらなくちや」
「刄物は」
 と八五郎、何とか厭味なことを言はれ乍らも、職業意識は獨りで働きかけます。
「それが不思議なんだ。どうしても見えねえ。これだけ深傷を負はせたんだから、わざ/\引つこ拔きでもしなきア、死骸が刄物を脊負つて居る筈だ」



「へエ――、一體誰がこんな虐たらしい事をやつたんでせう」
 とガラツ八。
「それが解りや苦勞はしねえ。つまらねえ事を言ふと、素人衆から笑はれるぜ」
「だが、怨とか、物盜りとか」
「綱吉の野郎にしちや、柄にもねえ纒まつた金を持つて居るやうだから、物盜りでねえことだけは確かだ。物盜りの仕業なら、得物を死骸の背中から引つこ拔く暇に、懷から財布を拔いて行くよ」
「怨となると――」
「知つての通り、綱吉はやくざ者には相違ないが、まことに男振りも評判も好い男だ。人に怨まれるやうな人間ぢやねえ」
「すると」
「女だよ、八兄イ」
「へエ――」
「此間から、神明の水茶屋の、お常の阿魔に熱くなりあがつて、毎日入りびたつて、澁茶で腹をダブダブにしてやがつたよ」
「お常つて…

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