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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題145 蜘蛛の巣
145 くものす
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十七卷 權八の罪」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年10月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1943(昭和18)年6月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-02-26 / 2015-12-24
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分は? お靜さん」
 久し振りに來たお品は、挨拶が濟むと、斯う狹い家の中を見廻すのでした。一時は本所で鳴らした御用聞――石原の利助の一人娘で、美しさも、悧發さも申分のない女ですが、父親の利助が輕い中風で倒れてからは、多勢の子分を操縱して、見事十手捕繩を守り續け、世間からは『娘御用聞』と有難くない綽名で呼ばれてゐるお品だつたのです。
 取つて二十三のお品は、物腰も思慮も、苦勞を知らないお靜よりはぐつと老けて見えますが、長い交際で、二人は友達以上の親しさでした。
「何んか御用?」
 お靜はお茶の支度に餘念もない姿です。
「え、少しむづかしい事があつて、親分の智惠を借り度いと思つて來たんだけれど――」
「生憎ね、急の御用で駿府へ行つたの、月末でなきや戻りませんよ――八五郎さんぢやどう?」
「親分がお留守ぢや仕樣がないねえ。――八五郎さんにでもお願ひしようかしら」
 お品は淋しく笑ひました。ガラツ八の八五郎の人の良さと、頼りなさは、知り過ぎるほどよく知つて居ります。
「八五郎さん、ちよいと」
 お靜が聲を掛けると、いきなり大一番の咳をして、
「お品さんいらつしやい」
 ヌツと長んがい顏を出すのです。
「まア、八五郎さん其處に居なすつたの。あんまり靜かにしてゐるから、氣が付かないぢやありませんか」
 お品は面白さうに笑ふのでした。
「あつしでも間に合ひますかえ」
「まあ、惡かつたわねエ。――八五郎さんが來て下さると本當に有難い仕合せで――」
 ガラツ八は擽つ度く、首筋を掻くのです。でも、そんな事に長くこだはつて居る八五郎ではありませんでした。お品が事件の説明を始めるともう夢中になつて、一ぱし御用聞の出店位は引受ける氣だつたのです。
 お品が持込んで來た事件といふのは、お品の家とは背中合せの、同じ本所石原町に長く質屋渡世をし、本所分限者の一人に數へられてゐる吾妻屋金右衞門が、昨夜誰かに殺されてゐることを、今朝になつて發見した騷ぎでした。
「家の新吉が下つ引を二三人連れて行つたけれど、こね廻すだけで判りやしません。そのうちに三輪の親分の耳にでも入つたら、どうせ默つて見ちや居ないだらうし、――本當に八五郎さんが行つて下さると助かりますよ」
 お品の調子はしんみりしました。
「うまく言ふぜ、お品さん」
 そんな事を言ひ乍らも、八五郎はお品と一緒に石原町まで驅け付けてゐたのです。
「それでは八五郎さん」
 吾妻屋の入口から別れて歸らうとするお品。
「お品さんも現場を見て置く方が宜いぜ」
「でも、私が顏を出しちや惡いでせう。さうでなくてさへ娘御用聞とか何んとか、嫌な事を言はれるんですもの――」
「近所附合ひだ。見舞客のやうな顏をして行く術もあるぜ」
「さうね」
 お品は強ひても爭はず、八五郎と一緒に吾妻屋の暖簾をくゞつて居りました。
「お、八五郎親分」
 迎へてくれたの…

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