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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題172 神隠し
172 かみかくし
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十九卷 神隱し」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年11月5日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1946(昭和21)年11月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-06-17 / 2016-03-04
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分は長い間に隨分多勢の惡者を手掛けたわけですが、その中で何んとしても勘辨ならねエといつた奴があるでせうね」
 ガラツ八の八五郎は妙なことを訊ねました。
 晩秋のある日、神田の裏長屋の上にも、赤蜻蛉がスイスイと飛んで、凉しい風が、素袷の襟から袖から、何んとも言へない爽快さを吹き入れます。
「それはある」
 平次は煙管を指の先で廻し乍ら、あれか、これかと考へて居る樣子でした。
「滅多に人を縛らない親分が、憎くて/\たまらなかつたといふ相手は一體どんな野郎です」
「主殺し、親不孝、――そんなのは惡いに相違ないが、――本當に憎くてたまらないのは子さらひだよ」
「へエ――?」
「梅若丸の昔から、人さらひの種は盡きないが、子供をさらはれた親の歎きを思ふと、俺は斯う息づまるやうな氣がするよ、――世の中にあれほど殺生な惡事はないな」
「そんなものですかねエ」
 八五郎は長んがい顎を撫て感心して居りました。
「ところで八」
「へエー」
「近頃俺は、誘拐された子供を搜してくれと頼まれてゐるんだ」
「搜してやりや宜いぢやありませんか」
「相手がよくないよ」
「へエー」
「二千二百石取の御大身、お旗本の歴々だ。町方の者をゴミ見たいに扱ふから、俺は旗本や御家人は大嫌ひなんだが、跡取の男の子がさらはれたとなると、氣の毒でもあるな」
「氣の毒がる位なら、行つて搜し出してやりませう。金にする氣でさらつたのならまだ何うにかなるが、取還す手段がなきや、可哀想ぢやありませんか」
 八五郎はやつきとなりました。わがガラツ八は稀に見る女人崇拜者であると共に、かなりセンチメンタルな人道主義者でもあつたのです。
「可哀想には可哀想だが、そのお屋敷には凄いお妾が一人飼つてあるから、御家騷動が絡んでゐさうなんだ。土臺木つ葉旗本などが御大層に――家名を絶やさない爲、――云々と勝手な理由をつけて、碌でもない子を幾腹も産ませるなんざ僭上の沙汰だよ。俺は暇で/\仕樣がないんだが、そんな揉め事には首を突つ込み度くないよ」
「成程ね」
 平次の潔癖の前に、八五郎は一應承服しました。が、
「――でも、さらはれた子供と、その母親が可哀想ぢやありませんか。末成り冬瓜見たいな餓鬼でも、生みの母親に取つちや掛け替へはない筈で――、暇で/\仕樣がない身體なら、ちよいと覗いてやるのも功徳ぢやありませんか」
 と、ガラツ八らしくこね返します。
「ウーム、その通りかも知れないね。女の考へは女に訊くに越したことはない、何うだお靜行つたものかな」
 錢形平次は裏庭で張物をしてゐるらしい、白い姉さん冠りに聲を掛けました。
「八さんの言ふのは尤もですよ。行つて上げたら宜いぢやありませんか」
 まだ充分に若くも美しくもある戀女房のお靜は、子供を持つた經驗はありませんが、それでも女らしく、斯う思ひやりのある言葉を傳へるのでした。
「何處で…

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