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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54677
副題109 二人浜路
109 ふたりはまじ
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十卷 狐の嫁入」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年11月15日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1940(昭和15)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-08-08 / 2016-06-10
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、面白い話があるんだが――」
 ガラツ八の八五郎は、妙に思はせ振りな調子で、親分の錢形平次に水を向けました。
「何が面白くて、膝つ小僧なんか撫で廻すんだ。早く申上げないと一帳羅が摺り切れさうで、心配でならねエ」
 さう言ふ平次も、この頃は暇でならなかつたのです。
「親分が乘り出しや、一ペンに片付くんだが、あつしぢやね」
「大層投げてかゝるぢやないか」
「折角頼まれたが、どうも相手がいけねエ」
「大家か借金取か、それとも叔母さんか」
「そんな不景氣なんぢやありませんよ。イキの良い若い娘なんで、へツ」
 八五郎は耳のあたりから首筋へかけてツルリと撫で廻しました。餘つ程手古摺つた樣子です。
「成程そいつは大家より苦手だ。若い娘がどうしたんだ」
「朝起きて見ると、娘が變つてゐたんで。姉樣人形のやうに、人間の首が一と晩で摺り替へられるわけはねえ。そんな事が流行つた日にや――」
「待ちなよ八、さう捲し立てられちや筋が解らなくなる。何處の娘が變つて居たといふのだ」
「斯ういふわけだ、親分」
 八五郎は漸く落付いて筋を通しました。
 小日向に屋敷を持つてゐる、千五百石取の大旗本大坪石見、非役で内福で、此上もなく平和に暮してゐるのが、朝起きて見ると、娘の濱路がまるつきり變つて居たといふのです。
 濱路は取つて十九、明日はいよ/\、遠縁の三杉島太郎次男要之助を婿養子に迎へる筈で、大坪家は盆と正月が一緒に來たやうな騷ぎ、當人も何んとなくソハソハと落付かぬ心持で床へ入つた樣子でしたが、翌る朝――といふと、丁度昨日の朝、愈々今日は婚禮といふ時になつて、婆やのお篠が顏色を變へて主人の大坪石見に耳うちをしたのです。お孃樣の樣子が變だから、一寸お出でを願ひ度い――と。
「それから大變な騷ぎだ。ケロリとして顏を洗つて、身支度をしてゐる娘は、年恰好も濱路と同じくらゐ、武家風でツンとしたところのある濱路に比べると、下町風で愛嬌があつて、優しくて、ちよいと鐵火で、負けず劣らず綺麗だが、人間はまるで變つてゐる」
「それから何うした」
 話の奇つ怪さに、平次もツイ吐月峰を叩いて膝を進めました。
「何しろ、色は少し淺黒いが、眼が凉しくて、口元に可愛らしいところがあつて、小股が切れ上がつて、物言ひがハキハキして――」
「そんな事を訊いてるんぢやねえ、それからどうしたんだよ」
「役者の拵へを話さなくちや、筋の通しやうはないぢやありませんか、――そのちよいと傳法なのが滅法界野暮つ度い、武家風の刺繍澤山なお振袖か何んか鎧つて、横つ坐りになつて、繪草紙か何んか讀んでゐるんだから、親分の前だが――」
「馬鹿野郎」
 ガラツ八の話のテンポの遲さ。これが親分を焦らして、自分から乘出させる魂膽と知り乍らも、平次はツイ斯う威勢の良い『馬鹿野郎』を飛ばしてしまひました。
「先づ騙されたと思つて、逢つて見て下さいよ…

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