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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題301 宝掘りの夜
301 たからほりのよる
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十一卷 闇に飛ぶ箭」 同光社
1954(昭和29)年2月15日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1953(昭和28)年6月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-12-19 / 2017-03-04
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、金儲けを好きですか」
 ガラツ八の八五郎、また飛んでもないことを言ひ出すのです。
 櫻は過ぎたが、遊び足りない江戸の人達は、ゆく春を惜んで、ほろ醉心地のその日/\を送つてゐるやうな、ウラウラとした日が續きます。
 相變らず神田明神下の平次住居の段、親分は怠け者で、子分は呑氣者で、お米の値段と係はりのない掛け合ひ噺ばかりしてゐるのかと思ふと、豈計らんや、今日はまた金儲けの話を持込んで來る八五郎です。
「毆るよ、八。金儲けが好きで、こんな稼業が勤まるかよ。小泥棒を追ひ廻してるこちとらぢやないか、馬鹿々々しい」
 平次は腹を立てる張合もなかつたのです。
「でも、今晩お膝元の櫻の馬場で、寶掘りが始まるんですぜ」
「何んだえ、その寶掘りてえのは?」
「親分は御存じないんで、そいつは燈臺下暗しだ」
「生意氣なことを言ふなよ。お前は近頃、油斷大敵だの、燈臺下暗しだの、妙なことを言ふやうだが、何處で仕入れて來るんだ」
「悧巧者の吉太郎が教へてくれますよ。寶屋の居候で、馬鹿の宇八と、鶴龜燭臺見たいに對になつて居る人氣者だ」
 それは神田宮本町の大地主、金貨で肥り過ぎた身上を、近頃は扱ひ兼ねてゐると言はれる程の、寶屋清右衞門の居候で、野幇間も兼ねてゐる、跛者で眇目で、リゴレツトに丁髷を結はせたやうな中年者でした。
 馬鹿の宇八といふのは、町内の厄介者、本人は決して馬鹿ではないと威張るのですが、調子が變で、藪睨みで、音痴で、何んとなく釘が一本足りない男。使ひ走りや、小用を足して、誰が飼つて居るともなく、一年ほど前から此邊を塒にして居る三十男、のんびりした江戸の世界には、よく斯う言つた屑のやうな人間が餓ゑも凍えもせずに存在して居たのです。
 その頃は『居候の名人』といふものがあつたとさへ言はれて居ります。器用に障子を貼つたり、子供の守が上手で、掃除もすれば、文使ひもする。何處へ行つても調法がられるが、決して惡事は働かず、缺點は物事に辛抱がないから、きまつた職業も持たないだけのこと。たとへば、テント虫のやうに無害で、誰にも嫌はれることのない、不思議な存在だつたに違ひありません。
「成程、近頃お前の樣子が變だと思つたら、悧巧者の吉太郎といふ振り附けがあつたのか、あんな男の眞似をしてゐると、人には調法がられるが、段々縁遠くなるばかりだよ」
 平次にして見れば、八五郎が何時まで獨りでゐるのが氣になつてならなかつたのですが、近頃は街の人氣者になり過ぎて、嫁の口も聟の口も、持つて來る者のなくなりかけてゐるのが、子分思ひの惱みだつたのです。
「安心して下さいよ。八さんと一緒になり度いといふのが三四人はあるから、いづれあの妓とあの妓の年が明けたら、入れ札で決めようと思つてゐるくらゐだから」
 そんなことを言ふ八五郎です。お勝手の方では、平次の女房のお靜が、たまらなくなつて吹き出してゐ…

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