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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題105 刑場の花嫁
105 しおきばのはなよめ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十三卷 刑場の花嫁」 同光社
1954(昭和29)年4月5日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1940(昭和15)年1月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-07-26 / 2016-06-10
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「八、今のは何んだい」
「へエ――」
 錢形の平次は、後ろから跟いて來る、八五郎のガラツ八を振り返りました。正月六日の晝少し前、永代橋の上はひつきりなしに、遲れた禮者と、お詣りと、俗用の人が通ります。
「人樣が見て笑つてゐるぜ、でつかい溜息なんかしやがつて」
「へエ――相濟みません」
 八五郎はヒヨイと頭を下げました。
「お辭儀しなくたつていゝやな、――腹が減つたら、減つたといふがいゝ。八幡樣の前で余つ程晝飯にしようかと思つたが、朝飯が遲かつたから、ツイ油斷をしたんだ。家までは保ちさうもないのかえ」
「へエ――」
「へエーぢやないよ。先刻は橋の袂で飼葉を喰つてゐる馬を見て溜息を吐いてゐたらう。あれは人間の食ふものぢやないよ。諦めた方がいゝぜ」
「へツ」
 八五郎は長んがい顎を襟に埋めました。まさに圖星と言つた恰好です。
「どうにもかうにも保ちさうもなかつたら、その邊で詰め込んで歸るとしようよ。魚の尻尾を噛つてゐる犬なんか見て、淺ましい心を起しちやならねエ」
 平次はそんなことを言ひながら、その邊のちよいとした家で、一杯やらかさうと考へてゐるのでした。
「犬は大丈夫だが、橋詰の鰻屋の匂ひを嗅いだら、フラフラつとなるかも知れませんよ」
「呆れた野郎だ」
 二人は橋を渡りきつて、御船手屋敷の方へ少し歩いた時。
「あツ、危ねエ、氣を付けやがれ、間拔け奴ツ」
 飛んで來て、ドカンと突き當りさうにして、平次にかはされて、クルリと一と廻りした男、八五郎の前に踏止つて遠慮のないのを張り上げたのです。
「何をツ、其方から突つかゝつて來たぢやないか」
「八、放つて置け。空き腹に喧嘩は毒だ」
 平次は二人の間に割つて入りました。
「あツ、錢形の親分」
「何んだ。新堀の鳶頭ぢやないか」
 革袢纒を着た、中年輩の男、年始廻りにしては、少しあわてた恰好で、照れ隱しに顏の冷汗を拭いてをります。
「相濟みません。少しあわてたもんで、ツイ向ふ見ずにポンポンとやる癖が出ちやつて、へツ、へツ」
「恐しい勢ひだつたぜ。火事はどこだい。煙も見えないやうだが」
「からかつちやいけません、ね親分。こゝでお目にかゝつたのは、丁度いゝ鹽梅だ。ちよいと覗いてやつて下さい。大變な騷ぎが始まつたんで」
「何が始まつたんだ。喧嘩ぢやあるまいね。夫婦喧嘩の仲裁なんざ。御免蒙るよ」
「殺しですよ、親分」
「へエ、松の内から、氣の短い奴があるぢやないか」
「殺されたのは、新堀の廻船問屋、三文字屋の大旦那久兵衞さんだ。たくらみ拔いた殺しで、恐ろしく氣の長い奴の仕業ですぜ、親分」
「成程、そいつは鳶頭の畠ぢやねえ」
「だからちよいと覗いて下さい。さう言つちや濟まねえが、富島町の島吉親分ぢや、こね廻してゐるばかりで、何時まで經つても埒が明かねえ。あんまり齒痒いから、あつしは深川の尾張屋の親分を呼んで來て、陽のあるうちに下…

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