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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題135 火の呪ひ
135 ひののろい
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十五卷 火の呪ひ」 同光社
1954(昭和29)年5月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1942(昭和17)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-10-23 / 2016-09-09
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分」
「何んだ、八。大層あわててゐるぢやないか」
「天下の大事ですぜ、親分」
「大きく出やがつたな。大久保彦左衞門樣見たいな分別臭い顏をどこで仕入れて來たんだ」
 錢形の平次は驚く色もありません。八五郎のガラツ八と來ては、向柳原の叔母さんが無盡に當つても、隣の荒物屋の猫が五つ子を生んでも、天下の大事扱ひにしかねないあわて者です。
「ね、親分。親分は近頃火事が多過ぎると思ひやしませんか」
 ガラツ八は妙なことを言ひ出しました。
「火事と女出入は派手なほど良い――なんて罰の當つたことを言つてゐたのは誰だつけ」
「そんなことも言ひましたが――この節のやうに火事が多くなると、火事と女出入は地味なのに限りますね」
「馬鹿だなア――それでどうしたんだ」
「四年前(明暦三年正月十八、九日)の丸山本妙寺の振袖火事から江戸は火事續きぢやありませんか。三年前(萬治元年)の本郷吉祥寺の火事、今年の正月の湯島天神門前の火事と、大きい火事だけでも三つ、その外小さい火事は毎晩だ。多い時は一と晩に五ヶ所八ヶ所もあるんだから、いくら火事が江戸の花だつて、これぢややりきれない」
「――」
 ガラツ八の言ふのは尤もでした。明暦三年から萬治三年へかけて、江戸の火事騷ぎは、年代記にも明かで、大は八百餘町を一と舐めにした振袖火事から、小は夜毎のボヤまで、それは全く恐る可き『火の呪ひ』だつたのです。
 幕府は新に火消役人を置いて、火消機關の大編制をし、火の扱方にまで嚴重に干渉して、薪や材木を積むこと、川岸に小屋や雪隱を建てること、二階に灯を點けることまで禁じましたが、夜毎の火事騷ぎは少しも減らず、たうとう四代將軍家綱が豫定された日光參詣の日取まで延引して、ひたすら心の安定を計る外はなかつたのです。
「こいつは干支や年廻りのせゐでせうか、親分」
「お前は何んのせゐだと思ふ」
「人間の仕業ですよ、親分」
「何んだと」
 ガラツ八は大變なことを持つて來たのです。四年この方、江戸中を騷がせた『火の呪ひ』を、人間のせゐと見破つたガラツ八の慧眼は、この男にしては近頃の大手柄だつたのでせう。
「干支や年廻りなら、酉とか申とか、たつた一年で濟むことぢやありませんか。火早いのが四年續いて、毎晩三ヶ所五ヶ所から、素性の知れない火をふくのは、人間の惡戯でなくて何んでせう」
「えらいツ、八。そこまで氣が付いたのはさすがだ」
「――でせう、親分」
 八五郎は急に衣紋を正したりするのでした。親分にかう褒められたのは、三年前御府内荒しの三人組を手捕りにした以來のことです。
「俺もそこに氣が付いて、この間から笹野の旦那と相談してゐるんだが、――この四年越しの火事騷ぎに、火付けの姿を見た者もないんだから、手の付けやうがない」
「何んだ。親分は氣が付いてゐたんですか」
 八五郎は折角の大發見が大した手柄になりさうもないのでがつ…

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