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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題220 猿蟹合戦
220 さるかにがっせん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十七卷 猿蟹合戰」 同光社
1954(昭和29)年6月10日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1950(昭和25)年8月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-05-13 / 2017-04-18
長さの目安約 55 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「日本一の面白い話があるんですが、親分」
 ガラツ八の八五郎、こみ上げる笑ひを噛みしめながら、ニヤリニヤリと入つて來るのです。
 六月になつたばかり、明神樣の森がからりと晴れて、久し振りの好い天氣。平次は襷がけにはたきを持つて、梅雨中閉ぢ込めた家の中の濕氣と埃を、威勢よく掃き出して居りました。
「顏の紐のゆるんだのが、路地を入つて來ると思ふと、それが外ならぬ八五郎さ。成程そんな面白い相好で歩く人間は、日本中にも滅多にはねえ筈だ」
「あつしのことぢやありませんよ。親分」
「まだ外に、ニタニタ笑ひながら歩く人間があるのか」
「弱るなア、――笑ひながら歩く話ぢやありませんよ。火傷をした話なんで」
「火傷をね」
「只の火傷ぢやありませんよ。眞夏に股火鉢かなんかやつて、男の急所に大火傷を拵へたと聽いたら、親分だつて、それね、可笑しくなるでせう」
「フ、フ、フ、妙なことを嗅ぎ出して來るんだね、お前といふ人間は。金を燒いた話なら町方は筋違ひさ。そいつは金座役人の係りだ。御勘定奉行へ訴へるのが順當ぢやないか」
「落し話ぢやありませんよ、親分」
 平次と八五郎は、何時でもこんな調子で筋を運ぶのです。
「一體何處の誰がそんな間拔けな怪我をしたんだ」
「間拔けどころか、相手は江戸一番と言つても、二番とは下らない鹽つ辛い人間なんだからお話の種になるでせう」
「へエー、その昔噺は面白さうだね」
 平次は襷を外して、火のない長火鉢の前へ來ると、煙管の雁首を延ばして、遙か彼方の挽物細工の貧乏臭い煙草入を引寄せるのでした。
「親分でも掃除なんかするんですか。襷なんか綾取つて、まるで敵でも討ちさうな恰好ですぜ」
「忙しい時は、掃除も手傳へば、飯も炊くよ。よく見習つて置くが宜い。お前も何時までも獨身ぢやあるめえ、あんまり女房に骨を折らせるばかりが、男の見得ぢやないよ」
「へツ、相濟みません」
 首を縮めた彈みに、八五郎はペロリと舌を出すのです。
「ところで、お前の話は何んだつけ」
「忘れちやいけませんよ、男の急所を燒い話[#「燒い話」はママ]――ウフ」
「さう/\」
「春木町の浪人、金貸しでは江戸中にも何人と言はれた、綱田屋五郎次郎を親分も御存じでせう」
「知つてるとも、武家相手に高利の金を貸して、一代にびつくりするほどの身上を拵へた男だ。札差にまで見放されたお武家が、綱田屋へ頼みに行くと、二つ返事で貸してくれるつてね。その代り返さなきや組頭かお取締りの若年寄に訴へ出る。否も應もない、まご/\すると家名に拘はるか、こぢれると腹切道具になるから、女房や娘を抵當にしても返すといふぢやないか」
 その頃江戸中に横行した、惡質な高利貸の一人で、武家崩れの綱田屋五郎次郎は、人間が穩かで上品で、上役人にも通りがよく、一應話のわかる男でしたが、それだけに奸佞邪智で、一と筋繩では行かない人間として平次に…

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