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健康を釣る
けんこうをつる
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「集成 日本の釣り文学 第一巻 釣りひと筋」 作品社
1995(平成7)年6月30日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2013-01-01 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

釣の法悦境

 海釣りや磯釣り、さては湖沼の舟釣りを除くと、釣にはあるく事がつきものになつて居る。鮒も鮠も、足で釣れと云はれて居るほどである。実際未明の薄明や、有明の月光の下に釣場に到着して、竿を継いでリユツクを背に、魚籠を腰に、釣場をもとめて、釣りあるくたのしさは、単なるピクニツクなどゝは比較にならない。
 夕暮れて帰路を急ぐ時の快い疲労は、魚籠の重い軽いに関係なく、満ち足りた気持ちを与へて呉れるのである。
 若し溪谷釣りで、山中の流れを釣り登るのであるならば、一つの釣場から次の釣場迄岩をよぢ上り、山吹の叢を踏み分け、思ひもよらぬ萬古の雪に足を滑らせ、自然と戦ふたのしみは一入深いであらう。そして一日の労苦に重い魚籠を誇つて、遂に魚どめの滝で竿を収めて、さて山中暦日なき深山のまこと鄙びた山の湯に一夜の泊りをする時のうれしさ、それは釣人のみが知る法悦境であらう。
 すべての肉体的運動のうち、大地を両脚で蹴つて進む歩行ほど、全身の筋肉を平等に働かせるものはないであらう。錬成の基本となる運動は歩行である。その歩行も駈足でなく、スタ/\とあるく歩行である。
 歩行は脚部だけの運動ではない、腰部は云ふ迄もなく、腹筋も背筋も、進んではうなじの諸筋肉に到る迄、相当の活動をしなくてはならぬのである。唯強ゐて云へば、手の筋肉の活動が比較的少いだけである。幸にも釣人は一日中竿をふつて居なくてはならぬので、肩から手先の筋肉まで活動する事になるのである。
 溪谷に沿つて釣り登る場合には、全身の筋肉の活動の程度は一層強いのである。

疲労の生理

 活動の後には疲労の来るのは当然である。例を筋肉活動にとれば、筋肉が活動する時には、筋肉内で物が消費される。それは主として葡萄糖である。葡萄糖は筋肉内で燃焼して、水と炭酸瓦斯とになり、その燃焼によつて生ずる勢力が即ち筋肉の活動力となるのである。勿論葡萄糖が不足すれば、脂肪や蛋白質が勢力源となる事もある。
 筋肉そのものは活動する時に、自身消耗する事は極力避けて居るが、然し幾分かは消耗がある。飛行機の発動機はガソリンを消費して活動するのであるが、それが活動する時には、発動機そのものも幾分磨滅する。筋肉は発動機でガソリンは葡萄糖に該当する。
 筋肉の活動する時葡萄糖が燃えて生ずる水や炭酸瓦斯は、筋肉活動には邪魔になるものであるから、直ちに血液によつて運び去られる。又筋肉そのものの老廃物も同様である。
 すべて筋肉活動の結果、筋肉内に出来て、筋肉活動の邪魔になるものを、一般に疲労素と総称する。この疲労素は出来るに従つて血流で運び去られるのであるが、一小部分は筋肉内に残るので、余り続けて筋肉が活動すると、筋肉に疲労素が蓄積して、筋肉の働きは鈍くなつて来る。筋肉をしばらく休息させると、疲労素は運び去られて、筋肉は快復するのである。
 筋肉の活動と疲労…

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