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野宿
のじゅく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「山之口貘詩文集」 講談社文芸文庫、講談社
1999(平成11)年5月10日
初出「群像」講談社、1950(昭和25)年9月号
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-02-11 / 2014-09-16
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 あとになって、きいたことなのであるが、ずっと前にそこに住んでいたうちの娘さんが、毒をのんで便所のなかで死んでいたという噂のある家なのである。近所のおかみさんの話によると、この家に引っ越してくる人は、みんな、四五日も居たか居ないかのうちに、すぐにまたどこかへ引っ越して行くんだそうで、
「お宅が一番ながいんですよ」と云った。云われてみれば、この家にぼくらが来てから、もう半年も過ぎようとしていたのである。そして、住み心地も、おかみさんの話と、まったく辻褄があっているのであった。そんなわけの家なので、居候のくせにと自分でおもいながらも、ぼくはひとりで留守番をすることが出来ず、波里さんが出掛ける時には、いつもいっしょについて出掛けて、いっしょに帰ってくるのである。それでも、用足しによっては、ぼくがいっしょでは都合のわるい時もあって、そういう時には波里さんの帰りの時間をきいておいて、その間をぼくはあてもなく街をさまよい、駒込の橋の上で波里さんの帰りを待ち合わせて、いっしょに帰ってくることにしたのである。
 ぼくは、一日も早く郷里へ帰りたかった。父からの仕送りを前提にして、上京はしてみたものの、上京早々から父との約束はあてが外れてしまって、早稲田の戸塚から本郷の湯島新花町、そして、台町から駒込の片町、それからこの中里の家に来て、その日その日をぼくはお化けの気配におびえながら、友人の須南君が貸して呉れる筈の旅費を待ちあぐんでいたのである。
 そこへ、関東の大地震なのであった。波里さんはすっかり絶望してしまって、もう東京にいても仕方がないから郷里へ帰るんだと云い出したのである。汽車が駄目でしょうと云うと、波里さんは一応、従兄の家に引揚げていて、汽車の復旧次第郷里へ帰るのだと云ってぼくの顔を探るみたいに、
「君はどうする?」と来たのである。
 こう云われてみれば、これまでのように、波里さんのあとにくっついて行くわけにもいかず、とにかく、ぼくは、九段まで行ってみることにしますと答えた。九段には、同郷の某侯爵邸があって、そこには、友人の胡城君というのが書生をしていたからである。ぼくは、三脚椅子を肩に、ズックの鞄をぶら提げて、駒込中里のお化けの家を出たのである。街は、大変な騒ぎなのであった。江の島が海底に沈んでしまったとか、鎌倉が津浪にさらわれてしまったとか、社会主義者は片っ端から警察に引っ張られたとか、または荒川方面から朝鮮人の大群が東京をめざして攻めて来つつあるとか、井戸という井戸には、毒が投じられているので、井戸水を呑んではいけないとかと、そのようなことが次から次へと、途々、ぼくの耳に這入って来た。人々は、みんな右往左往の状態で、棒片のようなものを手にしていたり、日本刀など片手にしているものもあったりして、またたく間に、巷は殺気立っていたのである。
 白山上にさしかかると、

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