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カンタタ
カンタタ
著者
翻訳者上田 敏
文字遣い旧字旧仮名
底本 「上田敏全訳詩集」 岩波文庫、岩波書店
1962(昭和37)年12月16日
入力者川山隆
校正者成宮佐知子
公開 / 更新2012-12-09 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


L[#挿絵]TA………悦子
FAUSTA………幸子
BEATA………福子

悦。今、春と夏とのさかひ、このひと時……
幸。今宵と明日とのさかひめに、ひとつ介まるこの時よ……
福。眠れ、眠入らで、日のまたも生るる前に……
悦。夜無き夜に……
幸。影みせぬ百鳥の羽掻絶間なく、明けぬればその歌をきかむ……
悦。……若葉は戰ぎ、一聲ほのかに、さゞめき低く、物音して……
幸。瀧の音は遠し、風は吹きすぐ。

悦。春過ぎて、
福。あすは、それ、眞夏の初。
幸。日の光無量。
悦。地の果も無量。
幸。日は永し、
福。空清し、照日妙なり。
悦。さて、いまだ夜は明けず、
幸。しばし、まだ……
悦。……更闌けて曉方近く……
福。今こそは、夏の來ぬ間の終の夜。
幸。あはれ深き、こよひかな。
悦。見よ、絶間無きかの相圖を空に聳やぐあの松林……
幸。鬱として嚴そかに立てる影かな。
悦。歌へ、語れ、呼ばはれ、鳥よ、容鳥よ。

福。噫、われら、正しくも受く可き福を取らずして、
空しく唯に過ぐべきか、
またと無き夜をあだにして。
幸。この一刻にすべては定まらむ。
悦。一年のいとも貴き一語なり。
憧れて、語り出でたき地の言葉。
幸。また空の言葉。
胸もとどろなる空、すべてを知つて時を待つ空の言葉か。
悦。曙と夕暮とけぢめなき時
幸。夢見る晝の胸の上
眠りてあれば、やうやうに、記憶の綱は解かれ來て、
福。悔も望も消えうせつ、
悦。殘るはなに。
福。さいはひぞ。
悦。われは聞く、唯微風の音なひ咽び泣く水の聲、
幸。……わが胸の音もきこえず……
悦。忽ち流星あり、長く光を曳いて、終に飛散すれど、
福。おん身が聞きえぬならむ。
悦。天の戸はしばし開けて、
幸。唯夜を示すのみ。

福。おん身に見えぬならむ。
幸。おん身も何か語り給へ、ここなる一人とわれとに、吾等二人に。
福。粧ひ飾りたるわれら三人……
悦。腕も胸もあらはに……
幸。腰うちかけて……
福。空を仰ぎて……
幸。ともに皆、顏見合はさず……
悦。……腰うちかけて、身は半、仰向なれば、
式の袍の裳裾には、
金を飾れる足の指。
幸。わが愛する人は……
悦。……あくる朝、わが夫となる人、
いつまでも愛し給ふか。
幸。わが愛する人、
旅に出でゝ遠くある人、
あすにならば歸り給ふか。
福。わが愛する人は、
世にあらず、いつの朝もわれに返さじ。
悦。さては、はや世に無き君か。
幸。いつの朝もかの君をおん身に返さじ、
福。いつまでも、いつまでも、君は忘れじ。
悦。しかも、おん身はさきのほど、世の福を説き給ひぬ。
福。滅ぶるものは身にとりてすべて空なり。
幸。すべての空となる時に、殘るはなにぞ。
福。晝にあらず、夜にあらざるこの一刻。
幸。始ある物は終あり。
福。唯ひとつ終なきもの、
春と夏とのさかひ、今ひと時。



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