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朝鮮の友に贈る書
ちょうせんのともにおくるしょ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「民藝四十年」 岩波書店
1984(昭和59)年11月16日
初出「改造」1920(大正9)年6月号
入力者大野裕
校正者富田倫生
公開 / 更新2013-03-01 / 2014-09-16
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私の知れる、または見知らぬ多くの朝鮮の友に、心からのこの書翰を贈る。情の日本は今かくするようにと私に命じている。私は進み出て、もだし難いこの心を貴方がたに話し掛けよう。これらの言葉が受け容れられる事を、私はひそかに信じたい。もしこの書を通して二つの心が触れ得るなら、それはどんなにか私にとっての悦びであろう。貴方がたもその淋しい沈黙を、私の前には破ってほしい。人はいつも心を語る友を求めている。特に貴方がたの間においては、人間の愛が心の底から求められているのだと、私は想う。かく想う時、どうして私はこの訪れを果さずにいられよう。貴方がたもこの書翰を手にして、私に答える事を躇っては下さらぬであろう。私はそれを信じたい。
[#改ページ]



 私はこの頃、ほとんど朝鮮の事にのみ心を奪われている。何故かくなったかは私には説き得ない。どこに情を説き得る充分な言葉があろう。貴方がたの心持ちや寂しさを察する時、人知れぬ涙が私の眼ににじんでくる。私は今貴方がたの運命を想い、顧みてまたこの世の不自然な勢いを想う。あり得べからざる出来事が目前に現れている。私の心は平和ではあり得ない。心が貴方がたに向う時、私も共に貴方がたの苦しみを受ける。何ものか見知らぬ力が私を呼ぶように思う。私はその声を聞かないわけにはゆかぬ。それは私の心から人間の愛を目覚ましてくれた。情愛は今私を強く貴方がたに誘う。私は黙してはいられない。どうして貴方がたに近づく事がいけないのであろう。親しさが血に湧き上る時、心は心に話し掛けたいではないか。出来得るなら、私は温かくこの手をさえさし出したい。かかることはこの世において自然な求めだと、貴方がたも信じて下さるだろう。
 人は生れながらに人を恋している。憎しみや争いが人間の本旨であり得ようはずがない。様々な不純な動機のために国と国とは分れ、心と心とが離れている。不自然さの勢いが醜い支配に[#挿絵]っている。しかし永続し得る不自然さが何処にあり得よう。凡ての心は自然へと帰りたがっている。凡てが自然に帰るならば、愛はもっと繁く吾々の間を通うはずだと私は思う。何事か不自然な力が、吾々を二つに裂いているのである。
「汝曹互に愛せよ」と教えはいう。しかしかかる教えが現れるよりも先に、人情は生れながらに「互を愛したい」と求めていると私は想う。愛は聖者の教えであるが故に深いのではない。人情に基くが故にその教えが深いのである。人が自然な人情のままに活き得たら、この世はどんなにか温かいであろう。この世に真に貴いものは、権力でもなく知識でもない。それは一片の温かい人情であるといつも想う。しかし何が故か、人情の生活は踏みにじられて、金や武力が世を支える柱だと考えられる。かかる勢いはさながら「互を憎め」とさえいうように見える。国と国とはいつも戦いの用意を怠らない。しかし人情に背くかかる…

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