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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題066 玉の輿の呪
066 たまのこしののろい
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十二卷 鬼女」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年8月25日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1937(昭和12)年8月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-06-01 / 2014-09-16
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「あツ、ヒ、人殺しツ」
 宵闇を劈く若い女の聲は、雜司ヶ谷の靜まり返つた空氣を、一瞬、[#挿絵]えこぼれるほど掻き立てました。
「それツ」
 鬼子母神の境内から、百姓地まで溢れた、茶店と、田樂屋と、駄菓子屋と、お土産屋は、一遍に叩き割られたやうに戸が開いて、聲をしるべに、人礫が八方に飛びます。
「お吉ぢやないか」
 誰かが、路地の口に、ガタガタ顫へてゐる娘の姿を見つけました。
「お菊さんが、お菊さんが――」
 お吉の指す方、ドブ板の上には、向う側の家の戸口から射す灯を浴びて、紅に染んだ、もう一人の娘が倒れてゐるではありませんか。
「あツ、お菊」
 人垣は物の崩れるやうに、ゾロゾロと倒れてゐるお菊の方に移りましたが、蘇芳を浴びた蟲のやうに蠢めく斷未魔の娘を何うしやうもありません。
「お菊、何うしたんだ」
 彌次馬を掻き分けて飛込んで來たのは、落合の徳松といふノラクラ者、いきなり血潮の中から、お菊を抱き上げます。
 が、お菊はもう蟲の息でした。半面紅に染んだ顏は、恐ろしい苦痛に引吊つて、クワツと見開いた眼には次第に死の影が擴がるのです。
「お菊ツ、――だから言はない事ぢやない、罰が當つたんだ」
 徳松は死に行くお菊の顏を憎惡とも、懷かしさとも、言ひやうのない複雜な眼で見据ゑましたが、やがて自分の腕の中に、がつくりこと切れる娘の最期を見屆けると、
「お菊ツ」
 激情に押し流されたやうに、自分の濡れた頬を、娘の蒼ざめた頬に摺り附けるのです。
「あツ、何といふことをするんだえ、畜生ツ」
 轉げるやうに飛込んで來たのは、五十年配の女――お菊の母親のお樂でした。いきなり徳松を突き飛ばすと、その膝の上から、娘のお菊を[#挿絵]り取ります。
「おつ母ア、お菊は大變だぜ」
 僅かに反抗する徳松。
「お前がやつたんだらう。畜生ツ、何うするか見やがれ」
 戰鬪的な母親は、お菊が死んだとは氣がつかなかつたものか、相手の男を憎む心で一パイです。
「違ふよ、俺ぢやねえ」
「あツ、お菊、確かりしておくれ、おつ母アだよ、お菊ツ」
「――」
「お菊、お菊ツ、死んぢやいけないよ。お菊、明日といふ日を、あんなに樂しみにしてゐたぢやないか」
「――」
「お菊」
 母親のお樂は、自分の腕の中に、一と塊の襤褸切れのやうに崩折れるお菊を搖ぶり乍ら、全身に血潮を浴びて、半狂亂に叫び立てるのでした。
「おつ母ア、驚くのは無理もねえが、――お菊坊がこんなになつたのは、おつ母アのせゐもあるんだぜ」
 徳松はまだ其處に居たのです。灯先にヌツと出した顏は――身體は――、顎から襟へ腕へ――膝へかけて、飛び散る碧血を浴びて、白地の浴衣を着てゐるだけに、その凄まじさといふものはありません。
「まだウロウロしてゐるのかい、――お菊を殺したのはお前だらう」
 猛然と振り仰ぐお樂。
「違ふよ、俺ぢやねえ、大名なんかへやる氣…

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