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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題098 紅筆願文
098 べにふでがんもん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十六卷 笑ひ茸」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年9月28日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-02-04 / 2014-09-16
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「御免」
 少し職業的に落着き拂つた聲、錢形平次はそれを聞くと、脱いでゐた肌を入れて、八五郎のガラツ八に目くばせしました。生憎今日は取次に出てくれる、女房のお靜がゐなかつたのです。
「へツ、あの聲は臍から出る聲だね」
 ガラツ八は頸を縮めて、ペロリと舌を出しました。
「無駄を言はずに取次いでくれ」
「當てつこをしませうや、――年恰好、身分身裝」
「馬鹿だなア」
「先づ、お國侍、五十前後の淺黄裏かな」
 ガラツ八は尤もらしく頸を捻ります。
「訛がないぜ、――それに世馴れた調子だ――先づ大家の用人といふところかな」
 平次もツイ釣られます。
「御免」
 もう一度、錆のある素晴らしい次低音が、奧のひそ/\話を叱るやうに響きました。
「それ、お腹立ちだ。言はないことぢやない」
 ガラツ八は月代を藥指で掻いて、もう一度ペロリと舌を出しながら、入口の方へ飛んで行きます。
「仔細あつて、主人御名前の儀は御免蒙るが、拙者は石川孫三郎と申す者。平次殿にお願ひがあつて罷り越した、ほんの一寸逢つて頂きたい」
 少し横柄ですが、ハキハキと物を運び馴れた調子です。
「お聞きの通りだ、親分、――この賭は口惜しいが親分の勝さ、四十五六の型へ入れて拔いたやうな御用人だ。逢ひますか、親分」
 ガラツ八はモモンガアみたいな手付きをして見せます。
「御武家は苦手だが、折角こんな所へ來て下さつたんだ、兎に角お目に掛かるとしよう。此方へ丁寧にお通し申すんだ」
「お家の重寶友切丸か何か紛失したんだらう、むづかしい顏をしてゐるぜ、親分」
「無駄を言ふな」
「へエ――」
 ガラツ八は漸く客を導いて來ました。前ぶれ通り、存分に野暮つたい四十五六の武家、羽織の紐を觀世縒で括つて、山の入つた袴、折目高の羽織が、少し羊羹色になつてゐやうといふ、典型的な御用人です。
「これは、高名なる平次殿でござるか。拙者は石川孫三郎と申す、以後御見識り置きを願ひたい」
 肩肘を張つて、眞四角にお辭儀をします。
「へエ、恐れ入ります。私は平次でございます。どうぞ、お手をおあげ下さいまし」
 平次はすつかり恐縮してしまひました。どうも一番あつかひ惡い種類のお客樣です。
「早速ながら、用件を申上げるが、實は平次殿、お家に取つて容易ならぬ事が起つたのぢや。何と力を貸しては下さるまいかの」
 武家は折入つた姿ですが、平次は何かしら釋然としないものがあります。
「どのやうな事か存じませんが、私は町方の御用を承つてゐるもので、御歴々の御屋敷の中に起つたことへは、口をきくわけには參りませんが、へエ」
 體よく敬遠するつもりでせう、平次は紙袋を冠つた猫の子のやうに尻ごみをして居ります。
「御尤千萬、だが、――平次殿に乘出して頂かうと言ふわけではない。ほんの少しばかり、智惠を拜借すればよいのぢや」
「へエ――」
「實は御親類筋の安倍丹之丞樣か…

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