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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題157 娘の役目
157 むすめのやくめ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十六卷 笑ひ茸」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年9月28日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-02-25 / 2014-09-16
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「八、何んか良い事があるのかい、大層嬉しさうぢやないか」
「へツ、それほどでもありませんよ親分、今朝はほんの少しばかり寢起がいゝだけで――」
 ガラツ八と異名で呼ばれる八五郎は、さういひ乍らも湧き上がつて來る滿悦を噛み殺すやうに、ニヤリニヤリと長んがい頤を撫で廻すのでした。
 相手になつてゐるのは、江戸開府以來の捕物の名人と言はれた錢形の平次、まだ三十そこ/\の苦み走つた良い男ですが、十手捕繩を持たせては、江戸八百八町の隅々に、魑魅魍魎のやうに暗躍する惡者共を番毎顫へ上がらせてゐる名題の名御用聞です。
「叔母さんから纒まつたお小遣でも貰つた夢を見たんだらう」
「そんなケチなんぢやありませんよ、憚り乍ら濡れ事の方で、へツ、へツ」
「朝つぱらから惚氣の賣り込みかい、道理で近頃は姿を見せないと思つたよ。ところで相手は誰だ、横町の師匠か、羅生門河岸の怪物か、それとも煮賣屋のお勘子か――」
 平次はそんな事をいひ乍ら朝の膳を押しやつて、貧乏臭い粉煙草をせゝるのでした。
「もう少し氣のきいたところで――」
「大きく出やがつたな、年中空つ尻のお前が入山形に二つ星の太夫と色事の出來るわけはねえ、それとも大名のお姫樣のうんと物好きなのかな」
 斯う言つた調子で何時も大事な話を進める親分子分だつたのです。ガラツ八の八五郎はこの時二十八、まだ叔母さんの二階に居候をしてゐる獨り者ですが、平次のためには大事な見る眼嗅ぐ鼻で、この春から十手を預つて、今ではもう押しも押されもせぬ一本立の御用聞でした。
 平次の女房の若いお靜は、二人の話のトボケた調子に吹出しさうになつて、あわててお勝手へ姿を隱しました。この上附き合つてゐると朝のうちから轉げ廻るほど笑はされるのです。
「何を隱さう、ツイ其處――路地の入口の一件ですよ」
「あツ、お秀を張つてゐるのか、惡いことはいはない、あれは止せ。第一お前には少しお職過ぎるぜ」
 平次がかう言ふのも無理のないことでした。
 神田お臺所町――錢形平次が年久しく住んでゐる袋路地の入口に、今年の春あたり引越して來た仕立屋の駒吉、その娘のお秀の美しさは、神田中に知らぬ者も無かつたのです。
 尤も駒吉は三年前まで上野山下に大きな店を持つて、東叡山の御出入りまで許された名譽の仕立屋でしたが、ツイ近所の伊勢屋幸右衞門に押入つた大泥棒熊井熊五郎の召捕に、彌來馬の一人として飛出し、元氣に任せて助勢したばかりに、巨盜熊五郎に斬られて右の腕を失ひ、それから健康が勝れない上に、仕事も上がつたりで、到頭山下の店を人手に讓つて、お臺所町のさゝやかなしもたやに越し、娘のお秀の賃仕事で、細々と暮してゐる五十男だつたのです。
 お秀はその時二十歳、父親の怪我やら家の沒落などで、その當時にしては嫁き遲れになりましたが、それが今では幸せになつて、父親の介抱を一と手に、甲斐々々しく賃仕事を…

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