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緑の種子
みどりのたね
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「白秋全集 3」 岩波書店
1985(昭和60)年5月7日
初出緑の種子「朱欒 2巻9号」1912(大正元)年9月1日<br>棗の樹「白樺 3巻10号」1912(大正元)年10月1日<br>人食ふひと「朱欒 3巻4号」1913(大正2)年4月1日<br>ペンギン「朱欒 2巻6号」1912(明治45)年6月1日<br>悲みの奥「朱欒 2巻6号」1912(明治45)年6月1日<br>夕とどろき「朱欒 2巻6号」1912(明治45)年6月1日<br>石竹「朱欒 2巻6号」1912(明治45)年6月1日<br>屋根の風見「朱欒 1巻2号」1911(明治44)年12月1日<br>初冬のわかれ「朱欒 1巻2号」1911(明治44)年12月1日<br>春を待つ間に「朱欒 1巻2号」1911(明治44)年12月1日
入力者岡村和彦
校正者フクポー
公開 / 更新2017-06-30 / 2017-04-03
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

緑の種子

種子はこれ感覚の粋、
緑は金の陰影にして、幽かに泣くはわが心。

種子を哀しめ、よきひとよ、
冷たく、小さき芥子のたね、その一粒に心せよ、
歔欷けかし、日の光。

種子はこれ霊魂の粋、
生ける宝石、「時」の秒、金と緑の夜の秘密、
淫慾の芽の潜伏所、
阿片の精。

種子を哀しめ、よきひとよ、
緑は色の粋にして、
智慧と不思議と生滅の見えざる悲劇、
万華鏡。

消え去り難き幽霊の
芥子の緑に泣くごとく、
裏切したる歓会の醒めて哀しきわが心。

種子を哀しめ、よきひとよ、
歔欷けかし、日の光。
四十五年八月


棗の樹

映画の中に一本の棗の樹あり。
以太利の街なれば日の光黄色なりけり。
棗には実ありき、その実いと赤かるべきも、
ただ黄にかがやきて影を落せり。

急がしきシネマトグラフの中なれば、誰とわかねど突拍子もなく現はれて気狂のごと
自転車乗の若紳士走り廻れり、
何時までも何時までも銀の輪の走り廻れり。

うしろに宝石商の飾[#挿絵]あり、舗石あり、樹の反射あり。
黒く優しき貴夫人も過ぎゆきにけり。
棗はかがやく。その男走り廻れば
愚かや乗れるその車輪慄へつつ縮まりてゆく。

悲しくわかき男かな、ワイシヤツに鼻眼鏡して、
突き当り、跳ねころべども起き直り、走り廻れり。
尻振りざまのをかしさよ、そのペタル縮まりて玩弄品のごとく
今は早や踏むにも堪へね、ひたぶるに走り廻れり。

棗はかがやく。サンドウヰツチ売の爺は驚く。
悪戯小僧は栗鼠のごと木にかけのぼる。
銀の輪は走り廻れり――ありとある、頓狂に戯けたれども、
ただにわが憂愁の外にのみ急がしく瞬きにけり。

映画の中に一本の棗の樹あり、
以太利の街なればその実いと黄色なりけり、
棗は光りき、されども影の影なればある甲斐もなく
見る人の心に耀やきて、また倏忽に消え失せにけり。
大正元年九月


人食ふひと

こはそもいづくの空なるや、
はた何時なりや、誰なるや、
人食ふ人ら背も矮く
ひそと声せず、身じろがず。

蹲みて嗅ぐはなにごとか、
はた、なになれば眼も狭く
地の一点を凝視むらむ。
銀鐘のごと日は光る。

青き波紋の刺青に
あくまで黒き頬は青く、
裸の腕に一枚の
皆朱の布をひきかつぐ。

悪しき心の真昼時
印度当麻の香の中に
笑まず狂はず、しんしんと
ひもじきごとし、泣くごとし。

血の悦楽にたましひの
ふかきうめきを忍ぶにか、
かつ現身を悲哀の
糧と食むにか、さげすむか。

淫慾の肌うつくしく
時に緑蛇ぞ走りゆく、
息蒸すばかり恐ろしき
酷暑の光、葉の湿り。

悪しき神々しろしめす
印度当麻の真昼時、
すべて事なし、声もなく、
はたや、そよとの風もなし。
大正二年四月


ペンギン

見知らぬ海と空とに
鳴いてゐる、鳴いてゐる、ペンギン、
なにを鳴くのか、ペンギン、
光と陰影の申子。

冷たい…

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