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予が出版事業
よがしゅっぱんじぎょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「エッセイの贈りもの 1」 岩波書店
1999(平成11)年3月5日
初出「図書 第47号」岩波書店、1939(昭和14)年11月
入力者川山隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2013-08-14 / 2014-09-16
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 人を笑わせるつもりで私はこの見出しを付ける。さて素人にしてふいと本を出して見たくなる者は幾らもあるが、私のは業と名づけてもよい程に出版道楽が年久しく、又悔いるということを知らない。そうして世間ではあまり構い付けぬのだから、自伝を書く価値があると思う。尤も西には正宗敦夫君という巨頭が居ることは承知だが、彼は同時に印刷に興味をもち職工も大抵は自分一人きりだったらしいが、とにかくに虫眼鏡で見出すほどの工場は一つ持って居た。之に対して小生は純なる Publisher であった。大よそ此名で呼ばれて居る人たちの味うべき夢と憂いと満足とは皆味って居る。其上に年もやや多いから御先に失礼して談らせてもらう。

竹馬余事

 小さな時から紙さえあれば帳面を綴じて、其上に標題を付けることが好きであった。いらぬ事ばかり書いてあるので反故になってしまったが、其中にたった一つ、五十年後になって発見せられたものがある。明治二十年の九月、東京へ遊学する間際にこしらえて残して来たもので、標題は亡父の筆だから、多分相談をして付けたのかと思う。半紙半分の横綴五、六十枚のもので、竹馬奔走の傍書き溜めた文章や漢詩などが並べ載せてある。間も無く死んだら無論限定出版ものだったろうが、幸いなことに其必要が無くてすんだ。しかし今になるとやっぱり棄てられない。天下一品の著者自筆本だからである。東京へ出てからも此癖は止まなかった。多くは表紙ばかりが本らしくて、中味は三分二以上も白紙だったから、却ってそこいらに散って残って居る。無論何れも皆永遠の「近刊」である。

萩の古枝

 明治三十七年の戦役なかばに、田山花袋君と協力して此本を出した。是は我々の歌道の師松浦萩坪先生の歌の集で、還暦の記念として門下一同に買わせたものである。部数は確か五百で、其一部分が近年まで残って居た。此本ではうんと私は苦労をした。体裁組方等は殆ど皆自分の考案で、表紙の萩の絵は弟の松岡映丘に描かせ、序文は盲蛇に私一人で書いた。それを先生にも見せずに刷ってしまったと謂って、後でうんと叱られ、又少しも誉められなかった事を憶えて居る。併し今取出して見ても、本の形などは決して悪くない。只どうしたわけか少しも古本街には顔を出さない。
 この一年前の明治三十六年にも、私はなお山路の菊という本を出版している。是は外祖母の安東菊子の歌集で、同時に出費者も其おばあ様であった。歌も格別おもしろく無いので、私は之を自分の仕事の中には入れて居ない。

後狩詞記

 この本は現在むやみに景気がいいが、実は又私の著書では無く、日向の椎葉村の村長の口授を書写、それに或旧家の猟の伝書を添えて、やや長い序文だけを私が書いたもの、出したのは明治四十一年の冬だが、当の作者がまだ高齢で彼地に生きて居る。ただ此書を珍本にした技術に至っては、或は私のものということが出来るかも知れぬ…

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