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たけくらべ
たけくらべ
作品ID56041
著者樋口 一葉
文字遣い新字旧仮名
底本 「にごりえ・たけくらべ」 新潮文庫、新潮社
1949(昭和24)年6月30日、2003(平成15)年1月10日改版
初出「文学界」文学界雑誌社、1895(明治28)年1~3、8、11、12月、1896(明治29)年1月
入力者酔いどれ狸
校正者岡村和彦
公開 / 更新2014-11-11 / 2014-10-26
長さの目安約 58 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申き、三嶋神社の角をまがりてよりこれぞと見ゆる大厦もなく、かたぶく軒端の十軒長屋二十軒長や、商ひはかつふつ利かぬ処とて半さしたる雨戸の外に、あやしき形に紙を切りなして、胡粉ぬりくり彩色のある田楽みるやう、裏にはりたる串のさまもをかし、一軒ならず二軒ならず、朝日に干して夕日にしまふ手当ことごとしく、一家内これにかかりてそれは何ぞと問ふに、知らずや霜月酉の日例の神社に欲深様のかつぎ給ふこれぞ熊手の下ごしらへといふ、正月門松とりすつるよりかかりて、一年うち通しのそれは誠の商買人、片手わざにも夏より手足を色どりて、新年着の支度もこれをば当てぞかし、南無や大鳥大明神、買ふ人にさへ大福をあたへ給へば製造もとの我等万倍の利益をと人ごとに言ふめれど、さりとは思ひのほかなるもの、このあたりに大長者のうわさも聞かざりき、住む人の多くは廓者にて良人は小格子の何とやら、下足札そろへてがらんがらんの音もいそがしや夕暮より羽織引かけて立出れば、うしろに切火打かくる女房の顔もこれが見納めか十人ぎりの側杖無理情死のしそこね、恨みはかかる身のはて危ふく、すはと言はば命がけの勤めに遊山らしく見ゆるもをかし、娘は大籬の下新造とやら、七軒の何屋が客廻しとやら、提燈さげてちよこちよこ走りの修業、卒業して何にかなる、とかくは檜舞台と見たつるもをかしからずや、垢ぬけのせし三十あまりの年増、小ざつぱりとせし唐桟ぞろひに紺足袋はきて、雪駄ちやらちやら忙がしげに横抱きの小包はとはでもしるし、茶屋が桟橋とんと沙汰して、廻り遠や此処からあげまする、誂へ物の仕事やさんとこのあたりには言ふぞかし、一体の風俗よそと変りて、女子の後帯きちんとせし人少なく、がらを好みて巾広の巻帯、年増はまだよし、十五六の小癪なるが酸漿ふくんでこの姿はと目をふさぐ人もあるべし、所がら是非もなや、昨日河岸店に何紫の源氏名耳に残れど、けふは地廻りの吉と手馴れぬ焼鳥の夜店を出して、身代たたき骨になれば再び古巣への内儀姿、どこやら素人よりは見よげに覚えて、これに染まらぬ子供もなし、秋は九月仁和賀の頃の大路を見給へ、さりとは宜くも学びし露八が物真似、栄喜が処作、孟子の母やおどろかん上達の速やかさ、うまいと褒められて今宵も一廻りと生意気は七つ八つよりつのりて、やがては肩に置手ぬぐひ、鼻歌のそそり節、十五の少年がませかた恐ろし、学校の唱歌にもぎつちよんちよんと拍子を取りて、運動会に木やり音頭もなしかねまじき風情、さらでも教育はむづかしきに教師の苦心さこそと思はるる入谷ぢかくに育英舎とて、私立なれども生徒の数は千人近く、狭き校舎に目白押の窮屈さも教師が人望…

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