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古図の信じ得可き程度
こずのしんじうべきていど
作品ID56266
著者木暮 理太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山の憶い出 下」 平凡社ライブラリー、平凡社
1999(平成11)年7月15日
初出「山岳」1923(大正12)年5月
入力者栗原晶子
校正者雪森
公開 / 更新2014-07-20 / 2014-11-11
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 古図を閲覧するに当りて何人も抱く可き疑問は、其図が輯製の当時既に知られたる事実を、果して如何程まで広く採録せりや否やといえることなる可し。ここに所謂古図とは主として徳川時代に出版されたる地理に関する絵図類をいう。此等の図に拠りて地形の正確なる説明を大要なりとも知らんとするが如きは、欲する者の無理なるは言う迄もなく、唯だ山川都邑道路等に就て其概念を得ば以て満足す可き也。余は古図の価値は、其等の相対的関係位置割合に正しきや否や、山河村落の名称及道路等割合に多く採録されあるや否や等に依りて決す可きものならんと信ず。故に若し一の絵図が其輯製当時に於ける既知の事実を尽く採録せるものならば、最も価値あり最も信ず可き絵図なりというを得可き道理なるも、此の如きは交通不便にして報道の自由を欠きし時代に在りては、元より望む可くして行わる可きものとは思われざるのみならず、絵図の多くは個人の輯録に成るものなれば、少なからざる遺漏ある可きは察するに難からざるを以て、当然之を割引するも、尚お余の期待に反すること大なるものあるを認め、古図に拠りて立論するの或場合には甚だ危険なるを感じたり。勿論余は広く古図を渉猟して、そのすべてを詳細に調査したるに非ず、僅に三、五のものに就て大体を探究し、特に上州の一局部を精査したるに過ぎざれば、すべての古図皆然りというは同じく危険なる結論に到達するの嫌なきに非ずと考えしも、一を以て他を類推し、さしたる不都合なきを認めたるは、余の少しく意外とする所也。今左に其一例として菅沼を挙げ、古絵図の如何なる程度まで信頼して差支なきやを知らんとす。
 菅沼は上野国利根郡片品村大字東小川村の地内にある山湖にして、湖面は海抜千七百十九米の高さを有す。此湖に就ては、『山岳』第十四年第一号の雑録欄に、「一、二山湖の名称」と題して、武田君の詳細に論究されたる記文ありて、夫に拠れば古絵図には、此湖の辺と思われるあたりにツウラ沼なるもの記入されあるも、菅沼の名はなく、其名の始めて地図上に記載されたるは、明治十三年十月出版の『改正銅鐫上野国全図』にして、而も其名称が現時の菅沼を指させるものなるか、或は附近の丸沼及大尻沼を指せるものなるか、又は以上の三湖を引括めて指せるものなるかは、只一湖を描けるのみなるを以て、推測する材料の乏しきに苦しむ次第なりといわれ、津婦良沼又はツウラ沼なる名は前記三湖の総名とするよりも、大尻沼か然らずんば大尻沼及丸沼の総称と考うる方一層合理的と思わると述べられたり。今仮にツウラ沼と菅沼とが時を異にして同一の湖に与えられたる別名なりとし、前者は早くより廃れて後者之に代りたるも、明治十年頃に至りて漸く地図に採録されたりとすれば、其間に出版されたる絵図は依然としてツウラ沼なる名称を存するを以て、菅沼を取り扱う場合には人を誤るものという可く、従って信用の程度は減ず可…

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