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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題096 忍術指南
096 にんじゅつしなん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十)金色の処女」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年2月20日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2017-10-23 / 2017-10-22
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「八、身体が暇かい」
 銭形平次は、フラリと来たガラッ八の八五郎をつかまえました。
「有難いことに、あっしが乗出すような気の利いた事件は一つもねえ」
「大きな事を言やがれ」
 二人は相変らずの調子で話を始めました。
「いったい何をやらかしゃいいんで、親分」
「左内坂に忍術指南の看板を出した浪人者があるというじゃないか」
「聴きましたよ、成瀬九十郎とかいって」
「その道場へ、これから入門しようというのだ」
「へエー、親分がね、へエー、忍術の稽古に」
 ガラッ八は滅法キナ臭い顔をして見せます。
「忍術も武芸のうちだというから、教えて悪いことではあるまいが、泰平の世の中に『忍術指南』の看板を出すのは何となく穏やかじゃねエ。それに忍術というものは、甲賀組とか伊賀組とかが公儀から預かって、町人や百姓には稽古をさせるものじゃねえと思っているが、――左内坂のは甲賀流でも伊賀流でもなくて、霞流とかいうんだってね」
「へエー」
「御奉行所でもひどく心配なすって、万一謀反の企てでもあっては一大事だから、中へ入って捜るようにという申付けだ」
「へエ――」
「これから市ヶ谷左内坂まで行って、成瀬九十郎の門人になろうというのだよ、お前も付き合ってみちゃどうだ」
「そいつを稽古しておいたら、晦日に借金取りが来たときなんか、恐ろしく調法だろうね、親分」
「馬鹿な事を言やがれ」
 無駄を言いながら二人は市ヶ谷左内坂に向いました。
 ある秋の日の夕景、山の手の街は、もう赤蜻蛉がスイスイと頭の上を飛ぶ時分のことです。
 成瀬九十郎の道場は――いや、道場と名のつくようなものではありませんが、表に出した真新しい看板の「霞流忍術指南」の六文字だけが目立つ程度の、至って貧弱なしもたやでした。
「御免」
 声のでっかいガラッ八が、精一杯の威儀を作って訪うと、町内中の新漬の味に響くようなダミ声で、ドーレと来るべきはずの段取りを、どう間違えたか、
「ハイ」
 優しい声がして、格子と中の障子を、たしなみ深く開けたのは、十八九の淋しい娘です。
 神田の次平、五郎八と名乗って、忍術執心のことを申入れると、
「しばらくお待ちを」
 娘は一たん奥へ引込みましたが、やがて改めて二人を案内します。
「神田の次平、五郎八というのか。本来ならば町人に忍術は無用のものだが、まだ一人も弟子がつかないから、大負けに負けて門弟にしてやる。さア、ズーッとこっちへ通るがよい」
 おそろしく口の達者な四十男が、畳を剥いで、床板だけ敷き直した十畳敷ほどの道場に二人を通しました。
 娘の淋しく美しいに似ず、これはまたなんという馬鹿馬鹿しい忍術の先生でしょう。背は低い方、肉付も極度に節約して骨と皮ばかり、顔は皺だらけのくせに、眼と口だけが人並以上で、わけても爛々たる眼には、人を茶にしたような、虚無的な光さえ宿っているのです。
「有難うござ…

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