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柘榴の花
ざくろのはな
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「花の名随筆7 七月の花」 作品社
1999(平成11)年6月10日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2015-02-13 / 2015-01-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 万物の蒼々たる中に柘榴の花のかつと赤く咲きでたのを見ると、毎年のことだが、私はいつも一種名状のしがたい感銘を覚える。近頃年齢を重ねるに従つて、草木の花といふ花、みな深紅のものに最も眼をそばだて愛着を感ずるやうに覚えるが、これはどういふ訳であらう。その深紅のものの燃上るやうなものといふ中でも、柘榴の朱はまた格別の趣きがあつて、路傍などでこの花を見かけて眼を驚かせるその心持の中には、何か直接な生命の喜びとでもいふやうなものが、ともすればふさぎ勝ちな前後の気持を押のけて、独自の逼り方で強く胸に逼つてくるのを私は覚える。それは眼を驚かせるといふよりも、直接心を驚かせるやうな色彩である。それは強烈でまた単純でありながら、何か精神的な高貴な性質を帯びた、あの艶やかな朱である。柘榴の花の場合にはその艶やかな朱が、ぽつんぽつんとまるで絞出し絵具を唯今しぼりだしたばかりのやうに、そのまた艶やかな緑葉の威勢よくむらがつた上に、点々と輝き出てゐるのであるから、その効果はまた一層引たつて、まるで音響でも発してゐるやうな工合に、人の心を奪つてしばらくはその上にとどめしめないではおかない、独占的な特殊な趣きがある。
 私は毎年この花をはじめて見るたびに、何か強烈な生命的な感銘を覚えるといつたが、そのやうな場合、私は路上にあつて、その花にむかつて同じやうな感銘を覚えた去年のその同じ季節のある日から、今日のこの日まで、まる一年間の間の生活の要約、その風味とでもいつていい、何か圧縮された鮮明なしかしまた名状のしがたい感懐を覚えるのである。
「ああまた柘榴の花が咲いた、この私の好きな花が今年もまたここに咲いた。ああさうだ、去年もこの橋の袂でこの花を見て、丁度今日のこの時と同じやうな感慨を覚えた。その時私はこの橋を渡つて去年も今日と同じやうな用足しに出かけたのではなかつたらうか。それから早くも一年がたつた。その間に戦況はますます苛烈を極め、私の身辺からも多くの若者たちが出征した。その若者たちは遠い極地の東西南北から交々私に事情のゆるすかぎりの通信を送つてくれる。その度に私はいつも胸をしめつけられるやうな集注した心持をもつてそれらを読んだ。私自身は病気といふほどの病気もせず、家内の者もまた至極無事に、この平穏ではない世界のさなかに、私の生涯の間に於ても比較的無事平穏な期間に属する静かな生活を送ることができた、さうして一年がたつて、さうしてまた柘榴の花が咲いた。海は毎日同じ声でこの美しい日本の国土に戯れかけてゐる。沖の方に見える伊豆の島は初夏のおぼろめく霞の奥にいつも変りのない姿で浮んでゐる……」
 そんなことを考へるともなく考へ感ずるともなく感じながら私は路を急いでゆく。さうして私の心もまた何ものかに促されるやうにその路を急ぐのである。まことに、一つの強い感懐は、いつもこのやうに一つの方角にむか…

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