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愛書癖
あいしょへき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆 別巻35 七癖」 作品社
1994(平成6)年1月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2015-01-01 / 2015-01-08
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 パリに遊んだ人々は誰でもセーヌ左岸に列んでいる古本屋を決して忘れないだろう。店と云っても、家ではない。唯、セーヌ河岸の石崖の上に、無数の古本の箱が、石崖の続く限り――と云うと少し話が大きくなるが、――サン・ミシェル河岸からヴォルテール河岸に至る七、八丁か八、九丁の間は、高さ一尺、方三尺ばかりの箱に古本を詰め込んだのが数限りなく行列している。二、三間隔きに箱の主がいて、牀几に腰をかけたり、ぼんやり、セーヌ河畔の釣客を眺めたり、煙草の煙を輪に吐いたり、葡萄酒の喇叭飲みをしたり、居睡をしたりしている。大抵は無愛想なような、人の善さそうな爺さん連で、若い顔は罕であるが、彼等は日が暮れると、各自の箱に錠を卸して帰って了う。翌朝になると、彼等は再たのこのこと、馬の糞のように集まって来て、箱の前に呑気な顔を列べて、愛書家の群を待っている。

 此の河岸の古本屋で珍書を漁る人も鮮くないが、掘出物は滅多にないらしい。僕も屡、眼を皿のようにし、片端から漁って歩いたが、ニザールの仏文学史四巻を二十法で買ったのが関の山だった。或日、『屁の術』という珍本を見付けて、一寸誘惑されたが、あまり馬鹿々々しいので、表題だけ拝見して御免蒙った。が、今思い出すと、矢張り買って置いてもよかった。風来山人の『放屁論』などと読み較べたら、今頃は比較放屁学の学位論文位は提出していたかも知れない。

 然し斯んな卑近な珍本は買っても買わなくてもいいが、どうかすると、河岸の箱にも、途方もない稀覯書が紛れ込んでいる事がある。歴史家のガブリエル・アノトーが嘗て、河岸の箱を漁っている中に、偶然、大ナポレオンの署名のあるシーザーの『ゴール遠征記』を発見して有頂天になったと云う有名な話がある。その署名がボナパルトとあったか、それとも又ブオナパルテとイタリア流に書いてあったか、其処迄は聞もらしたが兎に角、五年に一度でも、十年に一度でも、斯んな掘出物があるから、愛書家が血眼になったり、蚤取眼になったり、鵜の目鷹の目になったりするのも無理ではない。

 愛書家のことを一般にビブリオフィルと呼んでいるが、此の愛書家の癖が高じると、ビブリオマーヌ即愛書狂となる。其の愛書狂の中にも色々種類があって、書籍であれば何でも有難がる奴がある。つまり書籍の偶像崇拝家で、書物さえ見れば矢鱈に御辞儀をしたり合掌したりする、ビブリオラートルと云う連中である。此他にビブリオターフと云うのがあるが、ターフとは墓の義で、唯徒らに読みもせぬ書物を買って積んで置くのを楽しむ輩である。愛書狂の中でも、合掌派や墓守流は未だ未だ無難であるが、之が更に一歩進むとビブリオクレプト即書盗となる。甚だ物騒な話で、此んな奴が飛び出すと、愛書家はお互に用心し度くなる。ところが、此の書盗に[#挿絵]をかけたのが、書籍欲しさの人殺しで、斯んな奴に会ったら、それこそ百年目であ…

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