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編輯室より
へんしゅうしつより
副題(一九一四年三月号)
(せんきゅうひゃくじゅうよねんさんがつごう)
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」 學藝書林
2000(平成12)年5月31日
初出「青鞜 第四巻第三号」1914(大正3)年3月号
入力者酒井裕二
校正者雪森
公開 / 更新2016-11-18 / 2017-01-15
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


□今月号の従妹に宛てた私の手紙は実におはづかしいものだ。私はあのまゝでは発表したくなかつた。もう少ししつかりしたものにして発表したかつた。併し日数がせつぱつまつてから出さうと約束したので一端書きかけて止めておいたのをまた書きつぎかけたのだけれどもどうしても気持がはぐれてゐて書けないので、胡麻化してしまつた。本当にいけないことだと自覚はして居る。この償ひとして来月号には本当に一生懸命に書くつもり。何うか皆様あしからず。

□時間が欲しい。もつとく確りした智識が欲しい。中島氏訳の「サアニン」をよんだ。すつかり引きつけられたやうな気持がする。感想を書きたいけれども充分に断片的に浮んで来る一つ/\の考へを統一するに要する丈けの時間を持たない。一々しつかりした断定を下すに躊躇しなくてもいゝ程の自信ある根底の智識を持たないのがはづかしいと思ふ。まだあんなものを批評するに充分な資格は自分にはないのだ。本当に立派な智識が欲しい。

□「新婦人」の一月号に私の談話が載せてある。然しそれは私がその雑誌の記者と称する人に話したことゝは大変に相違した事柄である。下等な愚劣な向不見なそして軽率な鼻持ちのならないことばかり並べてある。私は到底それを読んで憤怒を覚えずにはゐられなかつた。又、多数の人たちに自分の談話としてそれが読まれるのだと思つたとき私は涙がにじむ程の恥かしさを感じた。私はあの記者が手前勝手なことばかりを考へて私の思想を表現する談話に何の尊敬も注意も加へないでとりあつかつたと云ふことが不快でならない。私は矢張り物を言はないで書いてゐたい。もうほんとにおはなしなんかするもんぢやないとしみ/″\思ふ。
[『青鞜』第四巻第三号、一九一四年三月号]



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