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娘の結婚
むすめのけっこん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第八巻」 岩波書店
2001(平成13)年5月7日
初出「文藝春秋 第三十四巻第十号」1956(昭和31)年10月1日
入力者kompass
校正者岡村和彦
公開 / 更新2017-07-04 / 2017-06-25
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 どうしたわけか、この近年、天下国家を論ずるような巡り合せに会うことが多く、身辺の雑事を書く機会が、ほとんどなかった。本当のところは、随筆などというものは、少し照れながら子供の自慢話でも書いている方が、一番気楽でもあり、また無難でもある。
 娘の結婚には、親は誰でも気を揉むが、さて愈々嫁に行ってしまうと、一番がっかりするのは、父親だという話を、前から聞いていた。しかし、その実感は、ちっとも感ぜられなかったが、初めてなるほどと思ったのは、茅(誠司)さんの長女の結婚のときであった。晶子という娘で、今度嫁に行ったうちの長女咲子と、子供の時からの仲良しである。不思議なことに、非常によく似ていて、子供の頃の写真を見ると、親でも間違うくらいである。
 茅さんが、北大へ行く前、東北大学で、鉄やニッケルの単結晶をつくり、その磁性の研究で、今日の世界の物性論の先駆をなす仕事をした。その頃産れたので、それにちなんだともいい、また「愛の結晶」からきたともいわれている。
 この結晶が嫁に行ってから暫くの間、茅さんは、非常に淋しそうであった。その後、同じ仲間の一人吉田(洋一)さんの娘が結婚した時、その披露の席で、茅さんがしみじみと述懐をした。そして、今日の吉田さんは、さぞ淋しい気持だろう、という挨拶をした。何だか、ひどく話が身に沁みて、結婚の祝詞か、お通夜のお悔みか分らなくなったが、それでも、誰も文句は言わなかった。
 それで愈々、三度目にうちの娘の番になった。ところがこれが一番変っていて、アメリカで自分で亭主を見附けて、さっさと結婚をしてしまったのである。そしてこの六月に、二人で新婚旅行に日本へやってきて、三週間いて、またさっさとアメリカへ行ってしまった。あれよあれよという間に、全部片附いてしまったわけである。
 もっとも、亭主になった男は、物理をやっていて、私が在米中、二夏助手として働いたことがあり、昨年の夏ちょっと補足実験をやるためにまたアメリカへ行った時も、手伝ってくれたので、前からよく知っていた学生である。ノルウェイ系の三世で、愛称はトムという。
 最初に話が出た時に、私たちも賛成した理由の一ツは、トムが六尺一寸ある点であった。娘が五尺五寸何分とかあるので、ハイヒールをはくと、五尺七寸になる。下手な結婚をすると、一生サンダルを履いて暮さねばならない。話が決まってから、娘が寄こした手紙の一節に、「これで私もハイヒールが履けます」と書いてあった。
 六月の末、二人で羽田へ着いたので、すぐ家へ連れて来て、長州風呂へ入れて、浴衣を着せてやった。百貨店で仕立てて売っている浴衣で、一番長いのを買ってきたが、袖のことは、気がつかなかった。それで腕は、肘から先、全部出た。それでもトムはひどくこの浴衣が気に入り、それに畳の上に寝るのを、非常に喜んだ。アメリカのベッドでも、少し足がつかえるそう…

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