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理想的団体生活
りそうてきだんたいせいかつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「進化と人生(上)」 講談社学術文庫、講談社
1976(昭和51)年11月10日
初出「時事新報」1907(明治40)年7月
入力者矢野重藤
校正者y-star
公開 / 更新2017-04-21 / 2017-03-11
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 われわれのつねに見慣れている陸上の動物は、犬でも猫でも、鳥でも、雀でもみな一匹ずつ相離れて、おのおの独立の生活をしているゆえ、動物とさえいえば、すべて単独の生活をなすものであるごとき感じが起こるが、広く動物界を調べて見ると、多数相集まって団体を造って生活している種類も決して少なくはない。特に海中に棲む動物には団体生活を営むものがすこぶる多い、また池沼などの淡水中に棲む動物にもいくらかかような例がある。かような動物の生活状態を詳かに観察してみると、普通の単独生活をなす動物とは全く相異なり、多数が力をあわせて誠実に全団体の維持繁栄のために働いているありさまは、実に理想的と称すべきほどで、われわれ人間のごとき不完全な団体生活をなす者から真にうらやましく思われるものがあるゆえ、ここにその生活状態の一斑を紹介してみよう。
 淡水中に産する団体動物の例としては苔虫の類が最も適当であろう。この虫は古い池、大きな湖などに産するもので、霞が浦の土浦近傍にもたくさんにいる。東京市内でも、小石川の植物園内の池、大塚の高等師範学校構内の池などでも採れる。数年前までは本郷の帝国大学の構内の古池にも盛んに繁殖していたが、惜しいことにはこのごろは全く断絶してしもうたようである。この虫は一匹ずつはまことに小さなもので、長さがわずかに一分ばかりに過ぎぬくらいの円筒形をなし、一端は水草の葉の表面などに固着し、他の端の中央には口があり、口の周囲には数十本の糸のごとき細い指があって、これを用いて水中を流れてくる微細な食物を取って食うのである。一匹ずつはかような形のものであるが、あたかも両側の脇腹とでもいうべきところから芽を生じて繁殖し、芽はたちまち成長しておのおの一匹の虫となり、またその脇腹から芽を出して繁殖するゆえ、初め一匹のものもしばらくの間に増加してついには数百匹、もしくは数千匹の塊となってしまう。かく多数となっても芽生したままで、親子、兄弟の身体が互いに連絡しているゆえ、同一の血液が全団体を通じて循環している。また神経のごときも一匹ごとに備わってある神経系が細い糸で互いに相つながっているゆえ、感覚も一匹から全団体に伝わって、喜怒哀楽をともにするようにできている。今この虫を例にとって、団体動物の生活状態を述べるにあたって、身体の構造、各器官の作用等はすべて省略し、ただ多数相集まって、力をあわせて生活しているありさまのみを述べ、なおなるべくわかりやすくするために、これを人間社会のありさまに比較して論ずる。また団体という文字は画の多い面倒な字でしばしばこれを用いることはいかにもわずらわしいから、国という字をそのかわりに用いることにする。
[#挿絵]
苔虫の国の一部   い 一個体

 まず苔虫類の国を見て第一に気の付くことは、国内に一匹として無職業の者、働かぬ者のないことである。数百匹ないし数…

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