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スポーツの科学
スポーツのかがく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第一巻」 岩波書店
2000(平成12)年10月5日
初出「帝国大学新聞」1935(昭和10)年11月18日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2017-12-08 / 2017-11-24
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 大分昔の話であるが、冬彦先生がある新聞に「角力の力学」というものを書かれたことがあるそうである。それは、漱石先生が未だ有名になりかけられた頃の話であるが、これらがまずスポーツ物理学の先駆であろう。
 大体スポーツ物理学というようなものが成り立つかどうかが問題であるが、この頃のようにスポーツ全盛で科学尊重の世の中では、この二つの言葉を単につなぎ合せただけでも、相当のジャーナリスチックな価値が出るらしいのである。物理学という言葉の本来の意味は「物の理」を考える学問であって、そのような意味からいえば、松沢一鶴氏がオリムピックの前に水泳選手を訓練された時の詳しい記録が残されていたら、そのようなものこそ本当のスポーツ物理学であるのではないかという気もする。数か月前に、日本の水泳選手のことが書いてあって、羅府以来日本の選手は、力を附けることに重点を置いて野放しにしてあったが、愈々試合の前になって崩れた型を直すと急に記録が上る見込だという記事があった。自分はそれを読んでひどく感心したことがある。
 物理学を職業とする者のスポーツ物理学などというものは、特殊の場合を除いては結局物理の技術の眼から見たスポーツに過ぎない場合が多い。これらの例から見たら子供騙しのようなものかも知れない。もっとも、スポーツというからには記録を上げたり勝ったりすることが一番大切なことであるには違いないが、そのような問題を離れて、単に興味という点のみから見ると、物理技術的に見たスポーツ物理学にもなかなか面白いことが多いのである。
 スポーツに関するほとんど総ての問題はまず物理的に取扱われるもののように考えていいようである。例えば野球の場合ならば、球速の問題、曲球の理論、バットと球との衝突の力学などは好個の物理的研究の対象となるものであり、庭球の場合ならば、野球の曲球の問題と同様な方法がドライブの研究に応用し得るものと考えても良いであろう。さらに陸上競技では、跳躍とトラック競技の全般に共通な問題として、身体の各部に働く力と地面に及ぼす圧力の時間的経過の研究があり、水泳についていえば、水の抵抗の問題および推進力と渦との関係という大変な問題があって、これらは大抵の物理学者の度胆を抜くに十分な課題であろう。

        ○

 これらの問題の中のあるものにはそれぞれ一応はもっともらしい物理的の説明がついていないこともない。曲球の曲る理由は球の廻転に依る左右両側の空気の抵抗の差にあるとか、バットを握るには衝撃の中心に近い所を選べば手にくるショックが少いとかいう類のものである。この程度で逃げておくスポーツ物理学は極めて月並なもので、スポーツに関連した色々の自然現象の複雑さと深さとを覗こうとする眼を物理の教科書の一頁でわざと蔽ったようなものである。

        ○

 それかといって、これらの現象を本…

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