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竹の里人〔二〕
たけのさとびと〔に〕
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「長塚節全集 第五巻」 春陽堂書店
1978(昭和53)年11月30日
初出「馬醉木 第九號」1904(明治37)年2月27日
入力者岡村和彦
校正者高瀬竜一
公開 / 更新2016-09-27 / 2016-06-10
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

○「歌よみに與ふる書」といふのは十回にわたつたのであつたが、自分にはいかにも愉快でたまらないので丁寧に切り拔いておいて頻りに人にも見せびらかした。偶々これに異議を挾むものでもあれば其人がいかにも惡らしくつて溜らぬ位であつた。その頃大分「日本」紙上の歌論は喧びすしかつたが、他の歌よみ專門の連中はうんだとも潰れたとも云はない。たまになぜ默つて居るのだと人から揶揄はれても自分は歌よみではないといふやうな遁辭を設けて尻込する弱蟲の中で盛に先生に張合つて居た春園といふ人が、今日吾々と行動を共にして居る伊藤左千夫君であるといふことは更に思ひ掛けやう筈もなかつたのである。さうして此の如く眞正面に立つて喧嘩腰になつて居た左千夫君がどうして先生の門に趨いたか、それは後にいふ可き折もあることと思ふからいはない。兎に角その時分は日として歌に就ての議論が「日本」に出ないことがない位であつたから、殆んど半分は了解出來ないといつていゝ程であつたにも拘らず、待ち遠しく讀んで居たのである。それから「人々に答ふ」といふ標題で出たのがいかなる難問に逢遇しても、極めて明快に極めて容易に解説されたが、いかにも心持がよくつて今だに忘れない。その中でも或人の、和歌が人を感動せしめて命を助かつたとか、領地をかへされたとかいふ歴史上の問題を捉へて詰責したのに答へて、人を感動せしめた歌が決して名歌でない。都々逸は下品なものであるが女郎雲助を感動せしむるのは都々逸でなければならない。維新の志士と稱するものゝ詩は、詩でなけれども書生の氣を鼓舞するのはこの志士の詩に限つて居る。眞の名歌と稱すべきものは趣味を覺つた文學者の頭で判斷したものでなければならないといふやうな意味のものがあつたが、どうしても忘れられないことなのである。そのうちに議論ばかりでは埓が明かないから、作例を示さうといふので百中十首が出はじまつた。自分はそれまで歌集などを餘り見た事もなく、古今集などでも一枚讀まないうちに厭になつて、ほうり出して仕舞ふといふやうな鹽梅であつたが、百中十首が出ると初めは變なものだと思つたが、段々面白く感じて來てとう/\眞似て見るやうになつた。さうするとどうしても先生に遇つて見たいといふ念慮も起つて來る。その念慮が起ると一層先生が慕はしくなつたのであるが、思ひの外に先生の所を訪ねたのが遲かつたといふのは一つは先生の住所が分らない。一つは自分の無識であることがひどく恥かしく感じた。教を受けやうといふ身であるから、自分が低いのは當然なことであるが、その時は唯恥ぢて居つたのである。そこで自分は先生の住所を知ることに非常に苦心をした。「日本」に關係ある人なのだから社へ質せばぢきに分るのであつたらうが、その時分はそんな智惠も出なかつた。隨分可笑しなものであつた。そこで不圖日本の俳句に「鶯横丁曲らむとすれば時雨けり」といふのがあるのに…

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