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怪力
かいりき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新編 泉鏡花集 第十巻」 岩波書店
2004(平成16)年4月23日
初出「新小説 第十四年第六巻―第十四年第七巻」春陽堂、1909(明治42)年6月1日―7月1日
入力者日根敏晶
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-11-04 / 2016-10-28
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 孰れが前に出来たか、穿鑿に及ばぬが、怪力の盲人の物語りが二ツある。同じ話の型が変つて、一ツは講釈師が板にかけて、のん/\づい/\と顕はす。一ツは好事家の随筆に、物凄くも又恐ろしく記される。浅く案ずるに、此の随筆から取つて講釈に仕組んで演ずるのであらうと思ふが、書いた方を読むと、嘘らしいが魅せられて事実に聞こえる。それから講釈の方を見ると、真らしいけれども考えさせず直に嘘だと分る。最も上手が演ずるのを聞いたら、話の呼吸と、声の調子で、客をうまく引入れるかも知れぬが、こゝでは随筆に文章で書いたのと、筆記本に言語のまゝ記したものとを比較して、おなじ言葉ながら、其の力が文字に映じて、如何に相違があるかを御覧に入れやう。一ツは武勇談で、一つは怪談。
 先づ講釈筆記の武勇談の方から一寸抜き取る。――最も略筋、あとで物語の主題とも言ふべき処を、較べて見ませう。
 で、主題と云ふのは、其の怪力の按摩と、大力無双の大将が、しつぺい張くら、をすると言ふので。講釈の方は越前国一条ヶ谷朝倉左衛門尉義景十八人の侍大将の中に、黒坂備中守と云ふ、これは私の隣国。随筆の方は、奥州会津に諏訪越中と云ふ大力の人ありて、これは宙外さんの猪苗代から、山道三里だから面白い。
 処で、此の随筆が出処だとすると、何のために、奥州を越前へ移して、越中を備中にかへたらう、ソレ或ひは越中は褌に響いて、強力の威厳を傷けやうかの深慮に出たのかも計られぬ。――串戯はよして、些細な事ではあるが、おなじ事でも、こゝは大力が可い。強力、と云ふと、九段坂をエンヤラヤに聞こえて響が悪い。
 最も随筆の方では唯、大力の人あり、としたゞけを、講釈には恁うしてある。
(これは越前名代の強力、一日狩倉に出て大熊に出逢ひ、持てる鎗は熊のために喰折られ已む事を得ず鉄拳を上げて熊をば一拳の下に打殺しこの勇力はかくの如くであると其の熊の皮を馬標とした。)
と大看板を上げたが、最う此の辺から些と怪しく成る。此の備中、一時越前の領土巡検の役を、主人義景より承り、供方二十人ばかりを連れて、領分の民の状態を察せんため、名だゝる越前の大川、足羽川のほとりにかゝる。ト長雨のあとで、水勢どう/\として、渦を巻て流れ、蛇籠も動く、とある。備中馬を立てゝ、
「頗る水だな。」
「御意、」と一同川岸に休息する。向ふ岸へのそ/\と出て来たものがあつた。
(尖へ玉のついた長杖を突き、草色、石持の衣類、小倉の帯を胸高で、身の丈六尺あまりもあらうかと云ふ、大な盲人)――と云ふのであるが、角帯を胸高で草色の布子と来ては、六尺あまりの大な盲人とは何うも見えぬ。宇都谷峠を、とぼ/\と行く小按摩らしい。
 ――此の按摩杖を力に、川べりの水除け堤へ来ると、杖の先へ両手をかけて、ズイと腰を伸ばし、耳欹てゝ考えて居る様子、――と言ふ。
 これは可い。如何にも按摩が川岸に立つて瀬をう…

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