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銀鼎
ぎんかなえ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新編 泉鏡花集 第十巻」 岩波書店
2004(平成16)年4月23日
初出「国本 第一巻第七号」国本社、1921(大正10)年7月1日
入力者日根敏晶
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-09-07 / 2016-09-02
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 汽車は寂しかつた。
 わが友なる――園が、自から私に話した――其のお話をするのに、念のため時間表を繰つて見ると、奥州白河に着いたのは夜の十二時二十四分で――
 上野を立つたのが六時半である。
 五月の上旬……とは言ふが、まだ梅雨には入らない。けれども、ともすると卯の花くだしと称うる長雨の降る頃を、分けて其年は陽気が不順で、毎日じめ/\と雨が続いた。然も其の日は、午前の中、爪皮の高足駄、外套、雫の垂る蛇目傘、聞くも濡々としたありさまで、(まだ四十には間があるのに、壮くして世を辞した)香川と云ふ或素封家の婿であつた、此も一人の友人の、谷中天王寺に於ける其の葬を送つたのである。
 園は予定のかへられない都合があつた。で、矢張り当日、志した奥州路に旅するのに、一旦引返して、はきものを替へて、洋杖と、唯一つバスケツトを持つて出直したのであるが、俥で行く途中も、袖はしめやかで、上野へ着いた時も、轅棒をトンと下ろされても、あの東京の式台へ低い下駄では出られない。泥濘と言へば、まるで沼で、構内まで、どろ/\と流込むで、其処等一面の群集も薄暗く皆雨に悄れて居た。
「出口の方へ着けて見ませう。」
「然う、何うぞ然うしておくれ。」
 さてやがて乗込むのに、硝子窓を横目で見ながら、例のぞろ/\と押揉むで行くのが、平常ほどは誰も元気がなさゝうで、従つて然まで混雑もしない。列車は、おやと思ふほど何処までも長々と列なつたが、此は後半部が桐生行に当てられたものであつた。
 室はがらりと透いて、それでも七八人は乗組んだらう。女気なし、縦にも横にも自由に居られる。
 と思ふうちに、最う茶の外套を着たまゝ、ごろりと仰向けに成つた旅客があつた。
 汽車は志す人をのせて、陸奥をさして下り行く――早や暮れかゝる日暮里のあたり、森の下闇に、遅桜の散るかと見たのは、夕靄の空が葉に刻まれてちら/\と映るのであつた。
 田端で停車した時、園は立上つて、其の夕靄にぽつと包まれた、雨の中なる町の方に向つて、一寸会釈した。
 更めてくどくは言ふまい。其処には、今日告別式を済ました香川の家がある。と同時に一昨年の冬、衣絵さん、婿君のために若奥様であつた、美しい夫人がはかなくなつて居る……新仏は、夫人の三年目に、おなじ肺結核で死去したのであるが……
 園は、実は其の人たちの、まだ結婚しない以前から衣絵さんを知つて居た……と言ふよりも知られて居たと言つて可からう。
 園は従兄弟に、幸流の小鼓打がある。其の役者を通じてゞある。が、興行の折の桟敷、又は従兄弟の住居で、顔も合はせれば、ものを言ひ交はす、時々と言ふほどでもないが、ともに田端の家を訪れた事もあつて、人目に着くよりは親しかつた……
 親しかつたうへに、お嬢さん……後の香川夫人は、園のつくる歌の愛人であつた。園は其の作家なのである。
「行つて参りますよ。」
と…

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