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妻に失恋した男
つまにしつれんしたおとこ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「江戸川乱歩全集 第21巻 ふしぎな人」 光文社文庫、光文社
2005(平成17)年3月20日
初出「産業経済新聞」1957(昭和32)年10月6日、13日、20日、27日、11月3日
入力者nami
校正者きゅうり
公開 / 更新2018-06-01 / 2018-05-31
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 わたしはそのころ世田谷警察署の刑事でした。自殺したのは管内のS町に住む南田収一という三十八才の男です。妙な話ですが、この南田という男は自分の妻に失恋して自殺したのです。
「おれは死にたい。それとも、あいつを殺してしまいたい。おい、笑ってくれ。おれは女房のみや子にほれているのだ。ほれてほれてほれぬいているのだ。だが、あいつはおれを少しも愛してくれない。なんでもいうことはきく、ちっとも反抗はしない。だが、これっぽっちもおれを愛してはいないのだ。
 よくいうだろう、天井のフシアナをかぞえるって。あいつがそれなんだよ。『おいっ』と、怒ると、はっとしたように、愛想よくするが、そんなの作りものにすぎない。おれは真からきらわれているんだ。
 じゃあ、ほかに男があるのかというと、その形跡は少しもない。おれは疑い深くなって、ずいぶん注意しているが、そんな様子はみじんもない。生れつき氷のように冷たい女なのか。いや、そうじゃない。おれのほかの愛しうる男を見つけたら、烈しい情熱を出せる女だ。あいつは相手をまちがえたのだ。仲人結婚がお互の不幸のもとになったのだ。
 結婚して一年ほどは何も感じなかった。こういうものだと思っていた。二年三年とたつにつれて、だんだんわかってきた。あいつがおれを少しも愛していないことがだよ。不幸なことに、おれの方では逆に、年がたつほど、いよいよ深く、あいつにほれて行ったのだ。そして、半年ほど前から、その不満が我慢できないほど烈しくなってきた。こうもきらわれるものだろうか。だが、いくらきらわれても、おれはあいつを手ばなすことはできない。ほれた相手に代用品なんかあるもんか。ああ、おれはどうすればいいのだ。
 おれは、あいつを殺してやろうと思ったことが、何度あるかしれない。だが、殺してどうなるのだ。相手がいなくなったからって、忘れられるもんじゃない。おれは失恋で死んでしまうだろう。
 しかし、もう一日もこのままじゃ、いられない。あいつが殺せないなら、おれが死ぬほかないじゃないか。おれは死にたい、死にたい、死にたい」
 こんなよまいごとを、直接聞いたわけじゃありません。南田収一が酔ったまぎれに、涙をこぼしながら、わめきちらしたことが、たびたびあったと、南田の親しい友だちから、あとになって聞きこんだのです。その友だちは、こわいろ入りで話してくれましたが、まあこんなふうだったろうと、わたしが想像してお話しするわけですよ。
 ある晩、南田収一は自分の書斎のドアに中からカギをかけて、小型のピストルで自殺してしまいました。わたしはその知らせをうけて、すぐに同僚といっしょに、S町の南田家へかけつけました。
 そのときはまだ、自分の妻に失恋して自殺したなんて少しも知らないので、自殺の動機をさぐり出すのに、たいへん骨がおれました。
 南田の父親は戦後のドサクサまぎれに財産を作った…

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