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きつね
作品ID632
著者新美 南吉
文字遣い新字新仮名
底本 「新美南吉童話集」 岩波文庫、岩波書店
1996(平成8)年7月16日
入力者浜野智
校正者浜野智
公開 / 更新1999-06-03 / 2014-09-17
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

 月夜に七人の子供が歩いておりました。
 大きい子供も小さい子供もまじっておりました。
 月は、上から照らしておりました。子供たちの影は短かく地べたにうつりました。
 子供たちはじぶんじぶんの影を見て、ずいぶん大頭で、足が短いなあと思いました。
 そこで、おかしくなって、笑い出す子もありました。あまりかっこうがよくないので二、三歩はしって見る子もありました。
 こんな月夜には、子供たちは何か夢みたいなことを考えがちでありました。
 子供たちは小さい村から、半里ばかりはなれた本郷へ、夜のお祭を見にゆくところでした。
 切通しをのぼると、かそかな春の夜風にのって、ひゅうひゃらりゃりゃと笛の音が聞えて来ました。
 子供たちの足はしぜんにはやくなりました。
 すると一人の子供がおくれてしまいました。
「文六ちゃん、早く来い」
とほかの子供が呼びました。
 文六ちゃんは月の光でも、やせっぽちで、色の白い、眼玉の大きいことのわかる子供です。できるだけいそいでみんなに追いつこうとしました。
「んでも俺、おっ母ちゃんの下駄だもん」
と、とうとう鼻をならしました。なるほど細長いあしのさきには大きな、大人の下駄がはかれていました。

       二

 本郷にはいるとまもなく、道ばたに下駄屋さんがあります。
 子供たちはその店にはいってゆきました。文六ちゃんの下駄を買うのです。文六ちゃんのお母さんに頼まれたのです。
「あののイ、小母さん」
と、義則君が口をとがらして下駄屋の小母さんにいいました。
「こいつのイ、樽屋の清さの子供だけどのイ、下駄を一足やっとくれや。あとから、おっ母さんが銭もってくるげなで」
 みんなは、樽屋の清さの子供がよく見えるように、まえへ押しだしました。それは文六ちゃんでした。文六ちゃんは二つばかり眼ばたきしてつっ立っていました。
 小母さんは笑い出して、下駄を棚からおろしてくれました。
 どの下駄が足によくあうかは、足にあてて見なければわかりません。義則君が、お父さんか何ぞのように、文六ちゃんの足に下駄をあてがってくれました。何しろ文六ちゃんは、一人きりの子供で、甘えん坊でした。
 ちょうど文六ちゃんが、新しい下駄をはいたときに、腰のまがったお婆さんが下駄屋さんにはいって来ました。そしてお婆さんはふとこんなことをいうのでした。
「やれやれ、どこの子だか知らんが、晩げに新しい下駄をおろすと狐がつくというだに」
 子供たちはびっくりしてお婆さんの顔を見ました。
「嘘だい、そんなこと」
とやがて義則君がいいました。
「迷信だ」
とほかの一人がいいました。
 それでも子供たちの顔には何か心配な色がただよっていました。
「ようし、そいじゃ、小母さんがまじないしてやろう」
と、下駄屋の小母さんが口軽くいいました。
 小母さんは、マッチを一本するま…

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