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山椒大夫
さんしょうだゆう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の文学 3 森鴎外(二)」 中央公論社
1972(昭和47)年10月20日
初出「中央公論」1915(大正4)年1月
入力者真先芳秋
校正者野口英司
公開 / 更新1998-07-21 / 2014-09-17
長さの目安約 46 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 越後の春日を経て今津へ出る道を、珍らしい旅人の一群れが歩いている。母は三十歳を踰えたばかりの女で、二人の子供を連れている。姉は十四、弟は十二である。それに四十ぐらいの女中が一人ついて、くたびれた同胞二人を、「もうじきにお宿にお着きなさいます」と言って励まして歩かせようとする。二人の中で、姉娘は足を引きずるようにして歩いているが、それでも気が勝っていて、疲れたのを母や弟に知らせまいとして、折り折り思い出したように弾力のある歩きつきをして見せる。近い道を物詣りにでも歩くのなら、ふさわしくも見えそうな一群れであるが、笠やら杖やらかいがいしい出立ちをしているのが、誰の目にも珍らしく、また気の毒に感ぜられるのである。
 道は百姓家の断えたり続いたりする間を通っている。砂や小石は多いが、秋日和によく乾いて、しかも粘土がまじっているために、よく固まっていて、海のそばのように踝を埋めて人を悩ますことはない。
 藁葺きの家が何軒も立ち並んだ一構えが柞の林に囲まれて、それに夕日がかっとさしているところに通りかかった。
「まああの美しい紅葉をごらん」と、先に立っていた母が指さして子供に言った。
 子供は母の指さす方を見たが、なんとも言わぬので、女中が言った。「木の葉があんなに染まるのでございますから、朝晩お寒くなりましたのも無理はございませんね」
 姉娘が突然弟を顧みて言った。「早くお父うさまのいらっしゃるところへ往きたいわね」
「姉えさん。まだなかなか往かれはしないよ」弟は賢しげに答えた。
 母が諭すように言った。「そうですとも。今まで越して来たような山をたくさん越して、河や海をお船でたびたび渡らなくては往かれないのだよ。毎日精出しておとなしく歩かなくては」
「でも早く往きたいのですもの」と、姉娘は言った。
 一群れはしばらく黙って歩いた。
 向うから空桶を担いで来る女がある。塩浜から帰る潮汲み女である。
 それに女中が声をかけた。「もしもし。この辺に旅の宿をする家はありませんか」
 潮汲み女は足を駐めて、主従四人の群れを見渡した。そしてこう言った。「まあ、お気の毒な。あいにくなところで日が暮れますね。この土地には旅の人を留めて上げる所は一軒もありません」
 女中が言った。「それは本当ですか。どうしてそんなに人気が悪いのでしょう」
 二人の子供は、はずんで来る対話の調子を気にして、潮汲み女のそばへ寄ったので、女中と三人で女を取り巻いた形になった。
 潮汲み女は言った。「いいえ。信者が多くて人気のいい土地ですが、国守の掟だからしかたがありません。もうあそこに」と言いさして、女は今来た道を指さした。「もうあそこに見えていますが、あの橋までおいでなさると高札が立っています。それにくわしく書いてあるそうですが、近ごろ悪い人買いがこの辺を立ち廻ります。それで旅人に宿を貸して足を留めさせ…

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