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シルクハット
シルクハット
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「アンドロギュノスの裔」 薔薇十字社
1970(昭和45)年9月1日
入力者森下祐行
校正者もりみつじゅんじ
公開 / 更新2000-07-25 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私も中村も給料が十円ずつ上がった。
 私は私のかぶり古した山高帽子を中村に十円で譲って、そしてそれに十五円足して、シルクハットを買った。
 青年時代に一度、シルクハットをかぶってみたい――と、私は永いことそう思っていた。シルクハットのもつ贅沢な[#「贅沢な」は底本では「贄沢な」]気品を、自分の頭の上に載せて見たくてたまらなかった。
 私は天鵞絨の小さなクッションで幾度もシルクハットのけばを撫でた。帽子舗の店さきの明るい花電燈を照り返している鏡の中で、シルクハットは却々よく私に似合った。
 また中村は自分の古ぼけた黒羅紗の帽子をカバンの中へおし込んで、山高帽子を冠った。ムッソリニのような顔に見えた。
 私共は、それから、行きつけの港の、砂浜にあるパブリック・ホテルへ女を買いに出かけた。その日は私共の給料日で私共は乏しい収入をさいて、月にたった一度だけ女を楽しむことにきめていたのである。
 シルクハットは果してホテルの女たちをおどろかした。私の女はとりわけ眼を瞠って、むしろドギマギしたように私を見た。彼女は一月の中に見違うばかり蒼くやつれてしまっていた。もとから病気持ちらしい彼女だったので、屹度ひどい病いでもしたのであろう。
 彼女は私と共に踊りながら、息を切らして、果は身慄いした。私はそれで、すぐに踊るのをやめることにした。小さい女は私の膝に腰かけた。
「苦しそうだね。」と私はきいてみた。
「もうよろしいの。――でも、死ぬかも知れませんわ。」女は嗄がれた声で答えた。
 中村は、なじみの男刈りにした肥っちょの娘と、独逸麦酒をしこたま飲んだあとで、アルゼンチン・タンゴを怪しげな身振りで踊っていた。その娘は眉根の[#挿絵]しい悪党みたいな人相だったが、中村はいっそそこが気に入ったと云うのであった。
 寝室に入る前に、私達はめいめい金を払う。
 私は紙入れを女の目の前で、いっぱい開けて見せながら「今夜は未だ大分金があるぞ。」と云った。月々の部屋代と食費と洋服代との全部であった。女は背のびをして、紙幣の数をのぞきこむと、「まあ――」と云って笑った。
 女は少しばかり元気になったのかも知れなかった。
 女の部屋に入って、寝る時、女は枕元の活動役者の写真をべたべた貼りつけた壁に、私のシルクハットをそっと掛けて、そしてさて手を合せて拝む真似をした。シルクハットの地と云うものは、物がふれると直ぐケバ立ってしまうので、女は非常にこわごわと取扱わなければならなかった。
 そこでシルクハットは、私達の頭の上で、夜中艶々しく光っていた。
 寝ていて、女は再び一層気落ちがした様子で幾度となく大きな溜息をもらした。
「病気って、どこが悪いの?」と私はきいた。
「いけない病気なのよ。」女の声は咽喉の奥でぜいぜい鳴った。
「声がおかしいね。呼吸病かしら?」
「ええ。だから助からないわね。あな…

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