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藍色の蟇
あいいろのひき
作品ID1029
著者大手 拓次
文字遣い新字旧仮名
底本 「世界の詩28 大手拓次詩集」 彌生書房
1965(昭和40)年10月25日
入力者湯地光弘
校正者丹羽倫子
公開 / 更新1999-10-30 / 2014-09-17
長さの目安約 58 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

  藍色の蟇

森の宝庫の寝間に
藍色の蟇は黄色い息をはいて
陰湿の暗い暖炉のなかにひとつの絵模様をかく。
太陽の隠し子のやうにひよわの少年は
美しい葡萄のやうな眼をもつて、
行くよ、行くよ、いさましげに、
空想の猟人はやはらかいカンガルウの編靴に。


  陶器の鴉

陶器製のあをい鴉、
なめらかな母韻をつつんでおそひくるあをがらす、
うまれたままの暖かさでお前はよろよろする。
嘴の大きい、眼のおほきい、わるだくみのありさうな青鴉、
この日和のしづかさを食べろ。


  しなびた船

海がある、
お前の手のひらの海がある。
苺の実の汁を吸ひながら、
わたしはよろける。
わたしはお前の手のなかへ捲きこまれる。
逼塞した息はお腹の上へ墓標をたてようとする。
灰色の謀叛よ、お前の魂を火皿の心にささげて、
清浄に、安らかに伝道のために死なうではないか。


  黄金の闇

南がふいて
鳩の胸が光りにふるへ、
わたしの頭は醸された酒のやうに黴の花をはねのける。
赤い護謨のやうにおびえる唇が
力なげに、けれど親しげに内輪な歩みぶりをほのめかす。
わたしは今、反省と悔悟の闇に
あまくこぼれおちる情趣を抱きしめる。
白い羽根蒲団の上に、
産み月の黄金の闇は
悩みをふくんでゐる。


  槍の野辺

うす紅い昼の衣裳をきて、お前といふ異国の夢がしとやかにわたしの胸をめぐる。
執拗な陰気な顔をしてる愚かな乳母は
うつとりと見惚れて、くやしいけれど言葉も出ない。
古い香木のもえる煙のやうにたちのぼる
この紛乱した人間の隠遁性と何物をも恐れない暴逆な復讐心とが、
温和な春の日の箱車のなかに狎れ親しんで
ちやうど麝香猫と褐色の栗鼠とのやうにいがみあふ。
をりをりは麗しくきらめく白い歯の争闘に倦怠の世は旋風の壁模様に眺め入る。


  鳥の毛の鞭

尼僧のおとづれてくるやうに思はれて、なんとも言ひやうのない寂しさ いらだたしさに張りもなくだらける。
嫉妬よ、嫉妬よ、
やはらかい濡葉のしたをこごみがちに迷つて、
鳥の毛の古甕色の悲しい鞭にうたれる。
お前はやさしい悩みを生む花嫁、
わたしはお前のつつましやかな姿にほれる。
花嫁よ、けむりのやうにふくらむ花嫁よ、
わたしはお前の手にもたれてゆかう。


  撒水車の小僧たち

お前は撒水車をひく小僧たち、
川ぞひのひろい市街を悠長にかけめぐる。
紅や緑や光のある色はみんなおほひかくされ、
Silence と廃滅の水色の色の行者のみがうろつく。
これがわたしの隠しやうもない生活の姿だ。
ああわたしの果てもない寂寥を
街のかなたこなたに撒きちらせ、撒きちらせ。
撒水車の小僧たち、
あはい予言の日和が生れるより先に、
つきせないわたしの寂寥をまきちらせまきちらせ。
海のやうにわきでるわたしの寂寥をまきちらせ。


  羊皮をきた召使

お前は羊…

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