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義民甚兵衛
ぎみんじんべえ |
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作品ID | 1051 |
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著者 | 菊池 寛 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「菊池寛 短篇と戯曲」 文芸春秋 1988(昭和63)年3月25日 |
入力者 | 真先芳秋 |
校正者 | 大野晋 |
公開 / 更新 | 2000-08-28 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 26 ページ(500字/頁で計算) |
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人物
農夫 甚兵衛 二十九歳 甚しき跛者
その弟 甚吉 二十五歳
同 甚三 二十二歳
同 甚作 二十歳
甚兵衛の継母 おきん 五十歳前後
隣人 老婆およし 六十歳以上
庄屋 茂兵衛
村人 勘五郎
村人 藤作
一揆の首領 甲
同 乙
刑吏、村人、一揆、その他大勢
時
文政十一年十二月
所
讃岐国香川郡弦打村
第一幕
甚兵衛の家。藁葺きの、大なれども汚き百姓家。左に土間、土間につづいて台所の右は八畳の居間、畳も柱も黒く光っている。入口の柱には、金比羅大神宮の大なる札を貼っている。その札も、黒くくすぶっている。八畳の奥は部屋のあることを示している。家財道具はほとんどなし。
母屋の左に接近して、一棟の建物がある。画られて、牛小屋と納屋とになっている。牛はいない。
幕開く。甚作と甚三とが、家の前庭で、「前掻き」と称する網を繕っている。(方形の形をして柄が付いている。小溝の鮒や泥鰌を掬うに用いるもの)しばらくすると、母のおきんが、母屋と牛小屋との間から、大根を二本さげて出てくる。冬の日の黄昏近し。
おきん 畜生! また大根を二、三本盗みやがった! 作、今度見つけたら背骨の折れるほど、どやしつけてやれ! どこのどいつやろう。
甚作 新田の権が、昨日夕方裏の畑のところを、うろうろしていたけに、あいつかも知れんぞ。飢饉で増えたのは畑泥棒ばかりじゃ。
おきん 大根やって、今年は米の飯よりも大事じゃ。百本ばかりある大根が、冬中のおもな食物じゃけになあ。
甚三 お母、木津の藤兵衛の家じゃもう食物が尽きたけに、来年の籾種にまで、手を付けたというぞ。
おきん 藤兵衛が家でけ。ええ気味じゃ。藤兵衛の嬶め、俺がいつか小豆一升貸せいうて頼んだのに、貸せんというてはねつけやがったものな。
(おきん、台所へ入り水を汲んで大根を洗っている。隣家の老婆、およし入ってくる。ぼろぼろの着物を着て、瘠せはてている)
およし 甚作さんたち、何しているんでや。
甚作 これから、魚掬いに行くんじゃ。
およし お前の所じゃ、まだそななことができるから、ええな。わしの所じゃ、老人夫婦で泥鰌一匹捕ることやてできやせん。食べるものは、もう何にもなしになってしもうた。
甚三 およし婆さん。羨むなよ。これでな、二人で一日中小溝を漁ってもな、細い泥鰌の二十匹も取ればええ方じゃぞ。
およし そうかな。
甚三 この近所じゃ、銘々で取り尽して、川には、小鮒一つやて、おりゃせんわ。山には、山の芋どころか、のびるだって、余計は残っておらんぜ。
およし もう一月もしたら、何食うやろうぜ。
甚三 おおかた壁土でも食っているやろう。
甚作 滝の宮の方じゃ、もう松葉食うとるだ。
およし …