えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
五月雨
さみだれ |
|
作品ID | 1094 |
---|---|
著者 | 吉江 喬松 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本の名随筆43 雨」 作品社 1986(昭和61)年5月25日 |
入力者 | 加藤恭子 |
校正者 | 浦田伴俊 |
公開 / 更新 | 2000-08-18 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 4 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
五月雨が音を立てゝ降りそゝいでゐた。
屋根から伝つて雨樋に落ち、雨樋から庭へ下る流れの喧しい音、庭の花壇も水に浸つてしまひ、門の下から牀下まで一つらに流れとなつて、地皮を洗つて何処へか運んで行く。
夜の闇の中で、雨も真黒い糸となつて落ちて来るやうに思はれる。泥がはね上り、濁水が渦巻いて流れ、空も暗く、何処を見ても果てがつかない。家の中に籠つて電灯の下で、ぢつとその音を聞いてゐても不安が襲つて来る。牀を敷いて蒲団の中へもぐり込んでも安眠が出来ない。
うと/\として宵から臥てゐたが、私は妙に不安な気がして眠れなかつた。大地の上を流れてゐる水が、何処か一ヶ所隙を求めて地中へ流れ込んで行つたらば、其処から地上の有りたけの水が滝のやうになつて注ぎ込んで行つたらば、人間の知らずにゐる間に、地球の中が膿んで崩れて不意に落ち込みはしないかといふやうな気がせられた。
と思ふと、また何者かその地中から頭を上げて、地上の動乱の時機に際して、地上を覆つてゐる人間の家屋を、片端から突き倒しでもしはしないか。何ものかの巨きな手が、今私の臥てゐる家の牀下へ伸ばされて、家を揺り動かしてゐるのではあるまいか。
夢のやうに現のやうに、私ははつと眼が醒めると、たしかに家のゆさ/\揺すぶられたのを感じた。耳を立てると、ごう/\いふ水の音が地中へ流れ込んでゐるやうに思はれた。地中の悶えと、地上の動乱とが、少しも私に安易を与へなかつた。
さういふ不安が幾晩もつゞいた。
五六日経つと五月雨が止んだ。重い雲が一重づゝ剥げた。雲切れの間から雨に洗はれた青空が見えて来た。日の光が地上に落ちた。地の肌からは湯気が立ち上る。ぐつたり垂れてゐた草の葉が勢好く頭を上げる。樹々の芽が伸びだした。
戸障子を開け放つて、雨気の籠つた黴臭い家の中へ日の光を導き入れると、畳の面に、人の足痕のべと/\ついてゐるのも目にはひつた。不図気がついて見ると、畳と畳との間から何か出かゝつてゐるのが目にはひつた。何とも初の間ははつきりしなかつた。傍へよつてよく見ると竹の芽のやうだ。私はぞつとして急いで畳を上げて見た。牀板の破れ目から竹の芽が三四寸伸びて出てゐた。或ものは畳に圧せられて、芽の先を平らにひしやげられたやうにして、それでも猶ほ何処かへ出口を求めよう/\と悶えてゐるやうな様をしてゐた。或ものは丁度畳の敷合せを求めてずん/\伸び上らうとしてゐた。
私は畳を三四枚上げて、牀板を剥がして見た。庭から流れ込んだ水が、まだ其処此処にじくじく溜つてゐる中から、ひよろひよろした竹の芽が、彼方にも此方にも一面に伸び出て、牀板に頭をつかえて、恨めしさうに曲つてゐた。水溜の中を蛇のうねつてゐるやうに、太い竹の根が地中を爬つてゐた。日の光が何処からか洩れて、其処まで射し込んで、不思議な色に光つてゐた。
私は怖ろしくなつた。竹の芽を摘…