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![]() しいのわかば |
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作品ID | 1097 |
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著者 | 葛西 善蔵 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「現代日本文學大系 49 葛西善藏 嘉村礒多 相馬泰三 川崎長太郎 宮路嘉六 木山捷平 集」 筑摩書房 1973(昭和48)年2月5日 |
初出 | 「改造 第五巻第七号」1924(大正13)年7月 |
入力者 | 林田清明 |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2000-09-21 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 15 ページ(500字/頁で計算) |
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六月半ば、梅雨晴れの午前の光りを浴びてゐる椎の若葉の趣を、ありがたくしみ/″\と眺めやつた。鎌倉行き、売る、売り物――三題話し見たやうなこの頃の生活ぶりの間に、ふと、下宿の二階の窓から、他家のお屋敷の庭の椎の木なんだが実に美しく生々した感じの、光りを求め、光りを浴び、光りに戯れてゐるやうな若葉のおもむきは、自分の身の、殊にこのごろの弱りかけ間違ひだらけの生き方と較べて何と云ふ相違だらう。人間といふものは、人間生活といふものは、もつと美しくある道理なんだと自分は信じてゐるし、それには違ひないんだから、今更に、草木の美しさを羨むなんて、余程自分の生活に、自分の心持ちに不自然な醜さがあるのだと、此の朝つく/″\と身に沁みて考へられた。
おせいの親父と義兄さんが見えて、おせいを引張つて帰つて行つたのは、たしか五月の三十日だと思ふ。その時も、大変なんでしたよ。僕にはもと/\掠奪の心はないんだ。人情としての不憫さはあるつもりなんだが、おせいを何うして見たところで僕の誇りとなる筈はない。それくらゐのことは、自分も最早四十近い年だ、いくらか世の中の塩をなめて来てゐるつもりだから、それ程間違つた考へは持つてをらないつもりである。
本能といふものの前には、ひとたまりもないのだと云はれれば、それまでのことなんだが、何うにかなりはしないものだらうか。本能が人間を間違はすものなら、また人間を救つてくれる筈だと思ふ。椎の若葉に光りあれ、我が心にも光りあらしめよ。
十二日に鎌倉へ行つて来ました。十三日は父の命日、来月の十三日は三周忌、鎌倉行きのことが新聞に出たのは十三日なのです。十二日の晩たしか九時いくらの汽車で鎌倉駅を発つて来たらしいのですが、鎌倉署の部長さんだと思ふ、名刺には巡査飯田栄安氏とありますが、この方に発車まで見送られ、何うしたか往復の切符の復りをなくし、またお金もなくし、飯田さんに汽車賃を借りて乗つて来たやうな訳なんだが、本郷の下宿へ帰つたのは多分十一時過ぎになつてゐたらうと思ふ。すると、電話が掛つて来た。下宿の女中さんなどは無論寝てゐたんだが、電話に出て、読売からだと取次いでくれた。滅多に読売新聞社なんかから電話があることはないんだが、何うしたのかと思つて電話に出て見ると、僕が鎌倉のおせいの家で散々乱暴を働き、仲裁に入つた男の睾丸を蹴上げて気絶さしたとか、云々の通信なんだがそれに間違ひはありませんか、一応お訊ねする次第です――と云つたやうな話を聞き、ひどく狼狽した訳です。斯うなつては弁解したところで仕方がないのだ。何分穏便のお取計らひを願ひたい、斯う云つて電話を切つたやうな訳でしたが、その翌朝の十三日は親父の命日の日だ。兎に角余程親父には気に入らないと見えて、とかく親父の日にお灸を据ゑられる。僕は何処までも小説のつもりで話してゐるのだから、いろいろ本当の名前を挙げ…