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作品ID | 1107 |
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著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「新修宮沢賢治全集 第九巻」 筑摩書房 1979(昭和54)年7月15日 |
入力者 | 田代信行 |
校正者 | 伊藤時也 |
公開 / 更新 | 2000-09-13 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 10 ページ(500字/頁で計算) |
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楢渡のとこの崖はまっ赤でした。
それにひどく深くて急でしたからのぞいて見ると全くくるくるするのでした。
谷底には水もなんにもなくてたゞ青い梢と白樺などの幹が短く見えるだけでした。
向ふ側もやっぱりこっち側と同じやうでその毒々しく赤い崖には横に五本の灰いろの太い線が入ってゐました。ぎざぎざになって赤い土から喰み出してゐたのです。それは昔山の方から流れて走って来て又火山灰に埋もれた五層の古い熔岩流だったのです。
崖のこっち側と向ふ側と昔は続いてゐたのでせうがいつかの時代に裂けるか罅れるかしたのでせう。霧のあるときは谷の底はまっ白でなんにも見えませんでした。
私がはじめてそこへ行ったのはたしか尋常三年生か四年生のころです。ずうっと下の方の野原でたった一人野葡萄を喰べてゐましたら馬番の理助が欝金の切れを首に巻いて木炭の空俵をしょって大股に通りかかったのでした。そして私を見てずゐぶんな高声で言ったのです。
「おいおい、どこからこぼれて此処らへ落ちた? さらはれるぞ。蕈のうんと出来る処へ連れてってやらうか。お前なんかには持てない位蕈のある処へ連れてってやらうか。」
私は「うん。」と云ひました。すると理助は歩きながら又言ひました。
「そんならついて来い。葡萄などもう棄てちまへ。すっかり唇も歯も紫になってる。早くついて来い、来い。後れたら棄てて行くぞ。」
私はすぐ手にもった野葡萄の房を棄ていっしんに理助について行きました。ところが理助は連れてってやらうかと云っても一向私などは構はなかったのです。自分だけ勝手にあるいて途方もない声で空に噛ぶりつくやうに歌って行きました。私はもうほんたうに一生けんめいついて行ったのです。
私どもは柏の林の中に入りました。
影がちらちらちらちらして葉はうつくしく光りました。曲った黒い幹の間を私どもはだんだん潜って行きました。林の中に入ったら理助もあんまり急がないやうになりました。又じっさい急げないやうでした。傾斜もよほど出てきたのでした。
十五分も柏の中を潜ったとき理助は少し横の方へまがってからだをかゞめてそこらをしらべてゐましたが間もなく立ちどまりました。そしてまるで低い声で、
「さあ来たぞ。すきな位とれ。左の方へは行くなよ。崖だから。」
そこは柏や楢の林の中の小さな空地でした。私はまるでぞくぞくしました。はぎぼだしがそこにもこゝにも盛りになって生えてゐるのです。理助は炭俵をおろして尤らしく口をふくらせてふうと息をついてから又言ひました。
「いゝか。はぎぼだしには茶いろのと白いのとあるけれど白いのは硬くて筋が多くてだめだよ。茶いろのをとれ。」
「もうとってもいゝか。」私はききました。
「うん。何へ入れてく。さうだ。羽織へ包んで行け。」
「うん。」私は羽織をぬいで草に敷きました。
理助はもう片っぱしからとって炭俵の中へ入…