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国際殺人団の崩壊
こくさいさつじんだんのほうかい |
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作品ID | 1225 |
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著者 | 海野 十三 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「海野十三全集 第1巻 遺言状放送」 三一書房 1990(平成2)年10月15日 |
初出 | 「新青年」1931(昭和6)年5月号 |
入力者 | 田浦亜矢子 |
校正者 | もりみつじゅんじ |
公開 / 更新 | 2001-12-03 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 32 ページ(500字/頁で計算) |
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作者は、此の一篇を公にするのに、幾分の躊躇を感じないわけには行かないのだ。それというのも、実は此の一篇の本筋は作者が空想の上から捏ねあげたものではなく、作者の親しい亡友Mが、其の死後に語ってきかせて呉れたものなのである。亡友Mについては、いずれ此の物語を読んでゆかれるうちに諸君は、それがどのような人物で、どのような死に方をしたのであるか、おいおいとお判りになってくれることであろう。それにしても「死後に語ってきかせたもの」などと言うのは大変可笑しいことに聞えるかも知れないが、これも事情を申して置かねばならないことであるが、諸君もかねてお聞きおよびかと思う例の心霊研究会で、有名なるN女史という霊媒を通じて、作者がその亡友から聞いた告白なのである。その告白は、実に容易ならざる国際的怪事件を語っているので、命中率九十パーセントと称せられる霊媒N女史の取扱ったものだから充分事実に近いものだとすると、この怪事件は公表するには余りに重大な事柄で、或いは公表を見合わせた方が当り障りがなくてよいかも知れないくらいなのである。しかし一方に於て、N女史の招霊術は、単なる読心術にすぎないという識者もあるようだから、それなれば、N女史の前に坐った作者の心中にかくされていた妄想が反映したのに過ぎないとも云えないこともないのである。兎も角、そこのところは諸君の御判断におまかせするとして、怪事件の物語をはじめようと思うが、一種の実話であるだけに、筋ばかりで、描写が充分でないのは我慢していただきたい。
1
古ぼけた大きな折鞄を小脇にかかえて、やや俯き加減に、物静かな足どりをはこんでゆく紳士がある。茶色のソフト帽子の下に強度の近眼鏡があって、その部厚なレンズの奥にキラリと光る小さな眼の行方は、ペイブメントの上に落ちているようではあるが、そのペイブメントの上を見ているのではないことは、その上に落ちていたバナナの皮を無雑作に踏みつけたのをみていても知れる。バナナの皮を踏んだものは、大抵ツルリと滑べることになっているが、この紳士もその例に洩れずツルリと滑ったのであるが、尻餅をつく醜態も演ぜずに、まるでスケートをするかのように、鮮かに太った身体を前方に滑らせて、バナナの皮に一と目も呉れないばかりか、バナナの皮を踏んだことにも気がつかないようにみえた。そこで紳士は、急に進路を左に曲げて、ある大きな石の門をくぐって入った。守衛が敬礼をすると、紳士は、別にその方を振りむいてもみないのに、鮮かに礼を返したが、その視線は、更に路面の上から離れなかった。軽く帽子をとったところをみると、前頂の髪が可なり、薄くなっている。年の頃は五十四五歳にみえた。
この紳士は、構内を物静かに歩いて行った。それは五階建ての白い鉄筋コンクリートの真四角なビルディングが、同じ距離を距てて、墓場のように厳粛に、そして冷たく立…