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白蛇の死
しろへびのし
作品ID1232
著者海野 十三
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第1巻 遺言状放送」 三一書房
1990(平成2)年10月15日
初出「新青年」博文館、1929(昭和4)年6月号
入力者tatsuki
校正者土屋隆
公開 / 更新2004-12-10 / 2014-09-18
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 浅草寺の十二時の鐘の音を聞いたのはもう半時前の事、春の夜は闌けて甘く悩しく睡っていた。ただ一つ濃い闇を四角に仕切ってポカッと起きているのは、厚い煉瓦塀をくりぬいた変電所の窓で、内部には瓦斯タンクの群像のような油入変圧器が、ウウウーンと単調な音を立てていた。真白な大理石の配電盤がパイロット・ランプの赤や青の光を浮べて冷たく一列に並んでいた片隅には、一台の卓子がポツンと置かれて、その上に細い数字を書きこんだ送電日記表の大きな紙と、鉛筆が一本無雑作に投げ出されていたが、然し当直技手の姿は何処にも見えなかった。
 今、全く人気の無いこの大きい酒倉のような変電所の中では、ただ機械だけが悪魔の心臓のように生きているのであった。
 スパーッ!
 リンリンリンリン。
 突然白け切った夜の静寂を破って、けたたましい音響が迸る。毒々しい青緑色の稲妻が天井裏にまで飛びあがった。――電路遮断器が働いて切断したのだった。
 と、思い掛けぬ窓のかげから素早く一人の男が飛び出して、配電盤の前へ駈けつけた。彼は慣れ切っている正確な手附きで、抵抗器の把手をクルクルと廻すと、ガチャリと大きな音を立てて再び電路遮断器を入れた。パイロット・ランプが青から赤に変色して、ぱたりとベルが鳴止む。その儘技手は配電盤の前に突っ立って、がっしりした体を真直ぐに、見えぬ何物かを追っているようであった。もう四十年輩の技術には熟練しきった様な男である。――一分、二分。春の夜は闌けて、甘く悩しく睡っていた。
「土岐さん! 土岐さん、一寸……」
 不意に裏口へつづく狭い扉が少し開いて、その間から若い男の顔がヒョクリと現われた。ひどく蒼白い顔をして、明らかに何事か狼狽しながら四辺を憚っていた。
「おう」くるりと振返った技手は、
「国ちゃんか、なんだい?」と、何気なく配電盤を離れた。
「あの、一寸来てくれませんか、何うも可笑しいんです。お由が仆れちゃって」
 青年は一途に救いを求めるような、混乱した表情を見せなから、乾からびた言葉をぐっと呑みこんだ。
「お由――」
「ええ、仆れちゃったきり、どうしても起きないんです。困ってしまってね」
 土岐健助は濃い眉を寄せてチラリと窓の方を眺めた。
「弱ったな、相棒は起せないし――」
「ええ?」
「喜多公なんだよ。考えものだからね」
 さっと青年の眼は怯えあがった。
「ま、この儘にして置いて一寸行って見よう。何処だい?」
 技手は思い返した様に、気軽に青年の肩を押しながら裏口へ出た。乏しい軒灯がぽつんぽつんと闇に包まれている狭い露路を、忍ぶように押黙って二十歩ばかり行くと、
「土岐さん、此処!」と、青年は立止って道を指した。
 顔を地につけるようにして見ると、仰向きになった、銀杏のようなお由の円い顔が直ぐ目についた。頸から、はだけた胸のあたりまで、日頃自慢にしていた「白蛇」のような肌…

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