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夜泣き鉄骨
よなきてっこつ
作品ID1241
著者海野 十三
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第2巻 俘囚」 三一書房
1991(平成3)年2月28日
初出「新青年」1932(昭和7)年8月号
入力者tatsuki
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2005-07-15 / 2014-09-18
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     1


 真夜中に、第九工場の大鉄骨が、キーッと声を立てて泣く――
 という噂が、チラリと、わしの耳に、入った。
「そんな、莫迦な話が、あるもんか!」
 わしは、検査ハンマーを振る手を停めて、カラカラと笑った。
「そう笑いなさるけどナ、組長さん」その噂を持ってきた職工は、慄えた眼を、わしの方に向けて云った。「昨夜のことなんだよ、それは……。火の番の、常爺が、両方の耳で、たしかに、そいつを聴いたよッて、蒼い顔をして、此のおいらに話したんだ。満更、偽りを云っているんだたァ、思えねぇ」
 いつの間にか、わし達の周りには、大勢の職工が、集ってきた。
「組長さん、それァ本当なんだ」別の声が叫んだ。
「なんだとォ――」おれは、その声のする方を見た。「てめえは、雲的だな。雲的ともあろうものが、軽卒なことを喋って、後で笑れンな」
「大丈夫ですよ――」雲的は大いに自信ありげに、言葉をかえした。「それについちゃ、ちィっとばかり、手前の恥も、曝けださにゃならねえが、もう五日ほど前のことでさァ。徹夜勝負のそれが、十二時を過ぎたばかりに、スッカラカンでヨ、場に貸してやろうてえ親切者もなしサ、やむなく、工場の宿直、たあさんのところへ、真夜中というのに、無心に来たというわけ。さ、その無心を叶えて貰っての帰りさ、通り懸ったのが今話しの第九工場の横手。だしぬけに、キーイッという軋るような物音を聴いた。(オヤ、何処だろう)と、あっしは立停った。暫くは、何にも音がしねえ。(空耳かな?)と思って、歩きだそうとすると、そこへ、キーイッとな、又聞えたじゃねえか。物音のする場所は、たしかに判った。第九工場の内部からだッ。(何の音だろう? 夜業をやってんのかな)そう思ったのであっしは、顔をあげて、硝子の貼ってある工場の高窓を見上げたんだが、内部は真暗と見えて、なんの光もうつらない。(こりゃ、変だ!)俄に背筋が、ゾクゾクと寒くなってきた。そこへ又その怪しい物音が……。恐いとなると、尚聴きたい。重い鉄扉に耳朶をおっつけて、あっしァ、たしかに聴いた。キーイッ、カンカンカン、硬い金属が、軋み合い、噛み合うような、鋭い悲鳴だった」
「大方、工場に、鼠が暴れてるんだろう」わしは、不機嫌に云い放った。
「どうして、組長!」雲的はハッキリ軽蔑の色を見せて、叫びかえした。「あっしにァ、あの物音が、どこから起るのか、ちゃんと見当がついてるのでサ」
「ンじゃ、早く喋れッてことよ」
「こう、みんなも聴けよ」彼は、周囲の南瓜面を、ずーッと睨めまわした。「ありゃナ、クレーンが、動いている音さ!」
「なに、クレーンが[#挿絵]」
 一同が、思わず声を合わせて、叫んだ。
 クレーンというのは、格納庫のように巨大な、あの第九工場の内部へ入って、高さが百尺近い天井を見上げると判るのだが、そこには逞しい鉄骨で組立てられた大きな橋梁の…

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