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疑問の金塊
ぎもんのきんかい
作品ID1250
著者海野 十三
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第2巻 俘囚」 三一書房
1991(平成3)年2月28日
初出「キング」1934(昭和9)年6月号
入力者tatsuki
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2005-07-10 / 2014-09-18
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   尾行者


 タバコ屋の前まで来ると、私は色硝子の輝く小窓から、チェリーを買った。
 一本を口に銜えて、燐寸の火を近づけながら窓硝子の上に注目すると、向いの洋菓子店の明るい飾窓がうつっていた。その飾窓の傍には、二人連の変な男が、肩と肩とを並べて身動きもせず、こっちをジーッと睨んでいるのが見えた。
「何処までも、尾けてくる気だナ」
 私はムラムラと、背後を振りかえって(莫迦!)と叫びたくなるのを、やっと怺えた。この尾行者のあるのに気がついたのは、横浜の銀座といわれるあの賑かな伊勢佐木町で夜食を採り、フラリと外へ出た直後のことだった。それから橋を渡り、暗い公園を脱け、この山下町に入りこんで来ても、この執念深い尾行者たちは一向退散の模様がないのである。
 腕の夜光時計を見ると、問題の十一時にもう間もない。十五分前ではないか!
 ぐずぐずしていると、折角の大事な用事に間に合わなくなってしまう。十一時になるまでに、こいつら二人を撒けるだろうか。これが銀座なら、どんな抜け道だって知っているが、横浜と来ると、子供時代住んでいた時とすっかり勝手が違っていた。大震災で建物の形が変り、妙なところに真暗な広々した空地がポッカリ明いていたりなどして、全く勝手が違う。この形勢では尾行者たちに勝利が行ってしまいそうだ。残るは、これからすこし行ったところに、さらに暗い海岸通があるが、その辺の闇を利用して、なんとか脱走することである。
 そんなことを考え考え前進してゆくうちに、向うに町角が見えた。私は大きな息を下腹一ぱいに吸いこむと、脱走は今であるとばかり、クルリと町角を曲った。そして一目散に駈け出そうとする鼻先へ、不意に人が現れた。
「オイ政、待った!」
 その声には聞き覚えがあった。これはいかんと引き返そうとすると、後からまた一人が追い縋った。私はとうとう挟み打ちになってしまった。
(しまった!)
 と思ったが、もう遅い。
「政! 妙なところで逢うなア」
 二人は予て顔馴染の警視庁強力犯係の刑事で、折井氏と山城氏とだった。いや、顔馴染というよりも、もっと蒼蠅い仲だったと云った方がいい。
「……」
 私はチェリーを一本抜いて、口に銜えた。
「話がある。ちょっと顔を貸して呉れ」
「話? 話ってなんです」
「イヤ、手間は取らさん」
 刑事は猫なで声を出して云った。
「旦那方」私は真面目に云った。「銀座の金塊は、私がやったのじゃありませんぜ」
「ナニ……君だと云やしないよ」
 刑事は擽ったそうに苦笑した。恐らくあの有名な「銀座の金塊事件」を知らない人はあるまいが、事件というのは今から十日ほど前、銀座第一の花村貴金属店の飾り窓から、大胆にもそこに陳列してあった九万円の金塊を奪って逃げたという金塊強奪事件である。犯人は前から計画していたものらしく、人気のない早朝を選び、飾窓に近づくと、イキナ…

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