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地球盗難
ちきゅうとうなん |
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作品ID | 1258 |
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著者 | 海野 十三 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「海野十三全集 第3巻 深夜の市長」 三一書房 1988(昭和63)年6月30日 |
初出 | 「ラヂオ科学」1936(昭和11)年 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 宮城高志 |
公開 / 更新 | 2010-10-30 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 172 ページ(500字/頁で計算) |
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ネス湖の怪物
「ほんとうかなア、――」
と、河村武夫はつい口に出してしまった。
「えッ、ほんとうて、何のことなの」
武夫と一緒に歩いていたお美代は、怪訝な顔をして武夫の方にすり寄った。
「イヤ何でもないことだよ。……只ネス湖の怪物がネ」
「ネス湖の怪物? 怪物て、どんなもの。お化けのことじゃない」
武夫はもう中学の三年、お美代の方は高等小学を終ったばかり、子供にしてはもうかなり大きい方だったが、武夫が暑中休暇で、この矢追村へ帰ってくると、幼馴染の二人は、昔にかえって、これから山の昇り口にある林の中へ分け入って甲虫を捕ろうという相談をし、いまブラブラ野道を歩いているところだった。そこへこの妙な話題が、とびこんできたのだった。
「そうさ。怪物といえばその字のとおり、怪しい物ということさ」
「その怪物がどうしたの」
お美代はますますすり寄ってきた。
「そんなに押してくると歩きづらいよ」と武夫は口だけで停めながら「お美代ちゃんはネス湖の怪物のことを聞いたことはないのかい。ほんとは僕も今日聞いたばかりなんだがネ、ネス湖の怪物というのは……」
それから武夫は手短かにネス湖の怪物の話をした。なんでもそいつは蘇格蘭の湖に頸から上だけを現したのを見た人があるということだが、非常に大きな竜のような動物で、頸から上が、九階の丸ビルよりもすこし高いくらいあったそうで、残念ながら頸から下は水面に隠れて見えなかったが、もし全身を現したら、東京駅よりもっと大きい途方もない巨獣だろうということである。それは多分、前世紀の動物なのであろうが、人々が騒ぐうちにザブリと湖の中に潜ってしまって、姿は見えなくなったそうである。この話が拡ると湖畔には大勢の見物人が寄ってきて、再び巨獣の現れるのを待ったそうだが、どうしたものかその後一向に姿をあらわさないという。そこで、一体ネス湖には、本当にそんな巨獣が棲んでいるのか、それとも見た人の眼の誤りであるかどうか、それからこっちへ一年ほども遂に誰も見た者が出てこないが、それがいまも尚科学界の大問題となっているそうである――というようなことを陳べて、
「……これはきょう理学士の大隅青二先生から聞いた話なんだよ」
大隅理学士というのは東京の工業学校の理科の先生で、よく通俗記事などを新聞や雑誌に書いている一風変った学者であるが、丁度いま暑中休暇を利用して、この矢追村に避暑に来ているのだった。
「ああ、大隅先生のお話なの。あの先生のお話では、当てにならないわ。よく突飛なことをいって、ひとを脅かすんですもの」
「そうでもないよ。先生は僕たちが知らないような珍らしいことを沢山知っているんだ。知らない者には、それが嘘のように思われるんだが、この世に不思議なことは沢山あるんだよ。とにかくネス湖の怪物の話は本当だよ。なぜって大隅先生はその記事や絵が載っている外国…