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北原白秋氏の肖像
きたはらはくしゅうしのしょうぞう
作品ID1396
著者木下 杢太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「書物の王国13 芸術家」 国書刊行会
1998(平成10)年10月25日
入力者土屋隆
校正者川山隆
公開 / 更新2007-01-28 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




   ……願ふは極秘、かの奇しき紅の夢……(「邪宗門」)

性慾の如くまつ青な太陽が金色の髪を散して、
異教の寺の晩鐘の呻吟のやうに高らかに、然しさびしく、
河の底へ……底へ……底へ……と沈む時に、
幻想の黒い帆前は
滑つて行く……音もなく……
明るい灰色の硝子の外で、
氏は倚れる窗の後で――。
されば其光の顫音は悲しく、
氏の銅色の額に反射した。――恰ら
青の鶯が落日の檣の森で鳴くやうに……
雲の彼方の蘆薈花咲く故郷へ、故郷へ、ねえ、故郷へ……。

氏は卓の一角から罪色紅の Cura[#挿絵]ao を取つて
薄玻璃の高脚杯に垂した……重く……緩かに……。
その懐しい錯心のやさしい呼吸づかひの中に、
赤、紺青、土耳古珠色、「黄なつぽい」Sentiment 色、
そのあまり日向つぽ過ぎる新しい(やや似合はない)
背広の文の音楽に首を埋めて
(かの邪宗、その寺の門前に梟首れた怪僧の額のやうに)
烈しい異国趣味に飢ゑ爛れた氏の表情は、
新に南洋から帰つた商船の事務員の如く、
ひたすら卓上の罌粟の脣を見詰めて居る。

(かの黒い幻想の帆前は力なく黙したのに――。)
秋の日曜日の雑沓を恐るる象、
その如く濁つた瞳、瞳の中の青い花は、
日本の――厭いた、労れた
昼の三味、女の島田、音も低い曲節から、
ああ、せめては中に雑る合惚の進行曲から、
『空にまつ赤な雲の色、玻璃にまつ赤な酒の色』から、
河に面した厨の葉牡丹の腋臭から、
日を受けたタンク蒸気の引いてゆく Cadence から、
はた其かげの痛ましい[#挿絵]古聿の
とぎれとぎれの Strauss、Gauguin の曲調の
うち絶えつ、またも響く柔い薫のうちから、
氏の厚い紫の脣は苺の紅い霊魂を求めて居る。
瞳の青い羅曼底は忘れた故郷の香を捜して居る。
日が暮れるまで……

日本の憂鬱な十月の夜の彼岸に
寂しい三味線がちんちんと鳴り出すまで、
なほも善主麿、おおらつしよの祈をつづけながら……
無益にも……

月の方に青ざめた帆前の黒い幻想を眺めながら……



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