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都の友へ、B生より
みやこのともへ、ビーせいより |
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作品ID | 1408 |
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著者 | 国木田 独歩 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「定本 国木田独歩全集 第四巻」 学習研究社 1971(昭和46)年2月10日、1978(昭和53)年3月1日増訂版 |
入力者 | 鈴木厚司 |
校正者 | mayu |
公開 / 更新 | 2001-11-07 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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(前略)
久しぶりで孤獨の生活を行つて居る、これも病氣のお蔭かも知れない。色々なことを考へて久しぶりで自己の存在を自覺したやうな氣がする。これは全く孤獨のお蔭だらうと思ふ。此温泉が果して物質的に僕の健康に效能があるか無いか、そんな事は解らないが何しろ温泉は惡くない。少くとも此處の、此家の温泉は惡くない。
森閑とした浴室、長方形の浴槽、透明つて玉のやうな温泉、これを午後二時頃獨占して居ると、くだらない實感からも、夢のやうな妄想からも脱却して了ふ。浴槽の一端へ後腦を乘て一端へ爪先を掛て、ふわりと身を浮べて眼を閉る。時に薄目を開て天井際の光線窓を見る。碧に煌めく桐の葉の半分と、蒼々無際限の大空が見える。老人なら南無阿彌陀佛/\と口の中で唱へる所だ。老人でなくとも此心持は同じである。
居室に歸つて見ると、ちやんと整頓て居る。出る時は書物やら反古やら亂雜極まつて居たのが、物各々所を得て靜かに僕を待て居る。ごろりと轉げて大の字なり、坐團布を引寄せて二つに折て枕にして又も手當次第の書を讀み初める。陶淵明の所謂る「不レ求二甚解一」位は未だ可いが時に一ページ讀むに一時間もかゝる事がある。何故なら全然で他の事を考へて居るからである。昨日も君の送つて呉れたチエホフの短篇集を讀んで居ると、ツイ何時の間にか「ボズ」さんの事を考へ出した。
ボズさんの本名は權十とか五郎兵衞とかいふのだらうけれど、此土地の者は唯だボズさんと呼び、本人も平氣で返事をして居た。
此以前僕が此處へ來た時の事である、或日の午後僕は溪流の下流で香魚釣を行つて居たと思ひ玉へ。其場所が全たく僕の氣に入つたのである、後背の崕からは雜木が枝を重ね葉を重ねて被ひかゝり、前は可り廣い澱が靜に渦を卷て流れて居る。足場はわざ/\作つた樣に思はれる程、具合が可い。此處を發見た時、僕は思つた此處で釣るなら釣れないでも半日位は辛棒が出來ると思つた。處が僕が釣初めると間もなく後背から『釣れますか』と唐突に聲を掛けた者がある。
振り向くと、それがボズさんと後に知つた老爺であつた。七十近い、背は低いが骨太の老人で矢張釣竿を持て居る。
『今初めた計りです。』と言ふ中、浮木がグイと沈んだから合すと、餌釣としては、中々大いのが上つた。
『此處は可なり釣れます。』と老爺は僕の直ぐ傍に腰を下して煙草を喫ひだした。けれど一人が竿を出し得る丈の場處だからボズさんは唯見物をして居た。
間もなく又一尾上げるとボズさん、
『旦那はお上手だ。』
『だめだよ。』
『イヤさうでない。』
『これでも上手の中かね。』
『此温泉に來るお客さんの中じア旦那が一等だ。』と大げさに贊めそやす。
『何しろ道具が可い。』と言はれたので僕は思はず噴飯だし、
『それじア道具が釣るのだ、ハ、ハ、……』
ボズさん少しく狼狽いて、
『イヤ其は誰だつて道具に由ります。如何ら上手…