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画の悲み
えのかなしみ
作品ID1411
著者国木田 独歩
文字遣い新字新仮名
底本 「日本児童文学名作集(上) 桑原三郎・千葉俊二編」 岩波文庫、岩波書店
1994(平成6)年2月16日
入力者鈴木厚司
校正者mayu
公開 / 更新2001-05-28 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 画を好かぬ小供は先ず少ないとしてその中にも自分は小供の時、何よりも画が好きであった。(と岡本某が語りだした)。
 好きこそ物の上手とやらで、自分も他の学課の中画では同級生の中自分に及ぶものがない。画と数学となら、憚りながら誰でも来いなんて、自分も大に得意がっていたのである。しかし得意ということは多少競争を意味する。自分の画の好きなことは全く天性といっても可かろう、自分を独で置けば画ばかり書いていたものだ。
 独で画を書いているといえば至極温順しく聞えるが、そのくせ自分ほど腕白者は同級生の中にないばかりか、校長が持て余して数々退校を以て嚇したのでも全校第一ということが分る。
 全校第一腕白でも数学でも。しかるに天性好きな画では全校第一の名誉を志村という少年に奪われていた。この少年は数学は勿論、その他の学力も全校生徒中、第二流以下であるが、画の天才に至っては全く並ぶものがないので、僅に塁を摩そうかとも言われる者は自分一人、その他は、悉く志村の天才を崇め奉っているばかりであった。ところが自分は志村を崇拝しない、今に見ろという意気込で頻りと励げんでいた。
 元来志村は自分よりか歳も兄、級も一年上であったが、自分は学力優等というので自分のいる級と志村のいる級とを同時にやるべく校長から特別の処置をせられるので自然志村は自分の競争者となっていた。
 然るに全校の人気、校長教員を始め何百の生徒の人気は、温順しい志村に傾いている、志村は色の白い柔和な、女にして見たいような少年、自分は美少年ではあったが、乱暴な傲慢な、喧嘩好きの少年、おまけに何時も級の一番を占めていて、試験の時は必らず最優等の成績を得る処から教員は自分の高慢が癪に触り、生徒は自分の圧制が癪に触り、自分にはどうしても人気が薄い。そこで衆人の心持は、せめて画でなりと志村を第一として、岡本の鼻柱を挫いてやれというつもりであった。自分はよくこの消息を解していた。そして心中ひそかに不平でならぬのは志村の画必ずしも能く出来ていない時でも校長をはじめ衆人がこれを激賞し、自分の画は確かに上出来であっても、さまで賞めてくれ手のないことである。少年ながらも自分は人気というものを悪んでいた。
 或日学校で生徒の製作物の展覧会が開かれた。その出品は重に習字、図画、女子は仕立物等で、生徒の父兄姉妹は朝からぞろぞろと押かける。取りどりの評判。製作物を出した生徒は気が気でない、皆なそわそわして展覧室を出たり入ったりしている。自分もこの展覧会に出品するつもりで画紙一枚に大きく馬の頭を書いた。馬の顔を斜に見た処で、無論少年の手には余る画題であるのを、自分はこの一挙に由て是非志村に打勝うという意気込だから一生懸命、学校から宅に帰ると一室に籠って書く、手本を本にして生意気にも実物の写生を試み、幸い自分の宅から一丁ばかり離れた桑園の中に借馬屋がある…

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