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海賊と遍路
かいぞくとへんろ |
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作品ID | 1420 |
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著者 | 黒島 伝治 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「黒島傳治全集 第三巻」 筑摩書房 1970(昭和45)年8月30日 |
入力者 | 大野裕 |
校正者 | 原田頌子 |
公開 / 更新 | 2001-09-03 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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私の郷里、小豆島にも、昔、瀬戸内海の海賊がいたらしい。山の上から、恰好な船がとおりかゝるのを見きわめて、小さい舟がする/\と島かげから辷り出て襲いかゝったものだろう。その海賊は、又、島の住民をも襲ったと云い伝えられている。かつて襲われたという家を私も二軒知っているが、そのいずれもが剛慾で人の持っているものを叩き落してでも自分が肥っていこうという家であったのを見ると、海賊というものにも、たゞ者を掠めとる一点ばりでなく、復讐的な気持や、剛慾者をこらしめる気持があったらしい。
小豆島の西方、女木島という島には、海賊の住家だったらしい洞窟がある。巧妙にできた、かなり広い洞窟であるが、それがいま、オトギバナシの「桃太郎」の鬼が住んでいたところだと云われて、その島をも鬼ガ島と名づけ、遊覧者を引こうがための好奇心をそゝっている。こうなると、昔の海賊も、いまの何をつかまえても儲けようとする種類の人間には顔まけするだろう。
小豆島は、島であるが、同時にまた山である。昔、大地が陥落して瀬戸内海ができるとき、陥落し残った土地だから土台は岩石である。その岩が雨に洗い出されて山のいただきには奇巌がいたるところに露出している。寒霞渓の巌と紅葉については、土地の者の私たちよりもよその人たちの方がくわしいだろう。山はあるところでは急激な崖になって海に這入り、又あるところは山と山との間の谷間が平かになって入江を形づくり部落と段々畑になった耕地がある。そして島の周囲には、いくつかのより小さい岩の島がある。
私はしかし、小さい頃から和やかな瀬戸内海の自然に親しむよりは、より多く人間と人間との関係を見て大きくなった。貧しい者の悲しみや、露骨なみにくい競いや、諂いをこれ事としている人間を見て大きくなった。慾のかたまりのような人間や、狡猾さが鼻頭にまでたゞよっているような人間や、尊大な威ばった人間がたくさんいるのである。
約十年間郷里を離れていて、一昨年帰省してからも、やはり私の心を奪うものは、人間と人間との関係である。郷里以外の地で見聞きし、接触した人と人との関係や性格よりも、郷里で見るそれの方が、私には、より深い、細かい陰影までが会得されるような気がする。
が、それと共に、自然の風物もいまでは、痛く私の心を引く。絶対安静の病床で一カ月も米杉の板を張った天井ばかりを眺めて暮した後、やっと起きて坐れるようになって、窓から小高い山の新芽がのびた松や団栗や、段々畑の唐黍の青い葉を見るとそれが恐しく美しく見える。雨にぬれた弁天島という島や、黒みかゝった海や、去年の暴風にこわれた波止場や、そこに一艘つないである和船や、発動機船会社の貯油倉庫を私は、窓からいつまでもあきずに眺めたりする。波止場近くの草ッ原の雑草は、一カ月見ないうちに、病人の顎ひげのように長く伸び乱れているのである。
やがて歩けるよ…