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ニッケルの文鎮
ニッケルのぶんちん
作品ID1428
著者甲賀 三郎
文字遣い新字新仮名
底本 「本格推理展覧会 第三巻 凶器の蒐集家」 青樹社文庫、青樹社
1996(平成8)年3月10日
入力者大野晋
校正者kazuishi
公開 / 更新2000-11-14 / 2014-09-17
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ええ、お話しするわ、あたしどうせお喋りだわ。だけど、あんたほんとに誰にも話さないで頂戴。だってあたし、あの人に悪いんですもの。
 もう一年になるわね。去年のちょうど今頃、そうセルがそろそろ膚寒くなってコレラ騒ぎが大分下火になった時分よ。去年といえば、随分嫌な年で、新聞には毎日のように、自殺だの人殺しだの発狂だのって、薄気味の悪い事ばかし、それにあんた知ってるでしょう。妙な泥坊の事、ね、そら希代に大きな宅ばかり狙って、どこから入ってどこから出たのやらちっとも分からないのに、いつの間にか金目のものがなくなっていたり、用心すればする程面白がって、思いがけない方法で忍び込んだりして、どこからでも入るからまるでラジオの様だというので、新聞に無電小僧なんて書かれて随分騒ぎだったでしょう。それにとうとうしまいには御恩になった先生があの死に様でしょう。あたしほんとに悲観しちゃったわ。
 無電小僧といえば、あんたあの話知ってる? 去年の春だったか牛込のある邸の郵便受けの中に銀行の通帳と印形が入れてあって、昔借り放しにしていたのをお返しするって丁寧な添え手紙がしてあったという話。新聞に出てたでしょう。あそこの主人は清水ってお爺さんで、何とか議員をして上面は立派な紳士なんだけれども、実は卑しい身分から成り上がった成金で、慈悲も人情もない高利貸しなのよ。今じゃもう警察のご厄介になって、おまけに呆けちまって、誰も見向きもしないけれども、ほんとにひどい奴で、先生の亡くなられたのも、つまりあの業突張りの為だわ。そんな欲張り爺だから、手前んとこの郵便函に、聞いた事もない人の通帳が入れてあったのを、普通の人なら気味悪がって届けるものを、昔貸し倒れになったのを返して来たんだろうなんてノコノコ銀行に出かけたんだわ。ところが銀行では盗難の届けの出ていた所だから、たちまち爺さんは警察へ突き出されちゃったの。何べんもいうようだけれど、爺さんは欲張りで、倹約だなんて大金持ちの癖に、いつでも薄汚い身装をしているもんだから、何とか議員だって警察には通じやしないわ。それでとうとう一晩拘留させられたのよ。痛快じゃないこと、ところが泣きっ面に蜂というのは爺さんが警察に宿っている晩に、無電小僧に入られたのよ。この事は新聞に出なかったんだけれども、訳があってあたしは知ってるの。郵便受けの中へ銀行の通帳を入れたのも無電小僧の策略だったんだわ。ほんとにいい気味ったらありゃしない。
 あたしはほんとにこの爺が嫌いで仕方がなかったんだけれども、月のうちに一、二度はきっと宅へやって来るのよ。そうしちゃ診察所の帳面を調べたり、書生さん達やあたしに用をいいつけたり、そりゃ横柄なの。先生はあんな優しい方でしょう。黙って平気で見ていらっしゃるんでしょう。あたし歯掻ゆくって仕方がなかったわ。あたし馬鹿ね。一年もご奉公しながら、なんで清…

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