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貧を記す
ひんをしるす
作品ID1471
著者堺 利彦
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆85 貧」 作品社
1989(平成元)年11月25日
入力者もりみつじゅんじ
校正者今井忠夫
公開 / 更新2000-12-25 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 月曜付録に文を投ぜんの約あり。期に至りて文を得ず、しかれども約は果たさざるべからず。すなわちわが日記をくり返して材を求む。材なし。やむことをえずしてここにわが貧を記す。もとより日記の文をそのままに摘録せるなり。我と共に貧なる者は世に貧同人のあることを知れ。富貴なる者は単にわがごとき貧者のこの世に存在することを知れ。

    新居

 三月二六日、有楽町の家を借りてそうじしつ。
 二八日、垂柳子住み込みぬ。垂柳子のいとこ某を雇い来たって小使いなど頼めり。主人たる我はここにおるがごとくおらざるがごとし。○○町の宿の払いのできぬゆえ荷物も取寄せられぬなり。
 垂柳子と某と我と、そば、すし、いなりずし、大福もちなど食らいて日を送る。
 湯川が受け合いたりし金トントできず。原稿もできず。
 障子も立てたらぬ家の中にあれば、環睹蕭条、悲惨なるがごとくまたこっけいなるがごとし。
 引ッ越してより五、六日、いまだ飯をたくことあたわず。家主に敷金をやらず、先の宿にまかない料を払わず。こんどの引ッ越しすべて背水の陣なり。
 四月一日、はなはだ窮せり、家主迫り先の宿迫る。徹夜して一文を草す。この夜徹夜しつるはなかばは勉強のためなかばはふとんなきがためなり。
 中州の細君、飯と菜とを我らに恵みぬ。
 二日、金若干を得つ、先の宿に談判して荷物を引き取ることとなしぬ。この夜某氏にゆきてかま、鉄びん、茶わんなど借り来つ。この新宅は下三間、六畳、三畳、二畳、二階二間、四畳、六畳、家ねじれてふすまのたてつけ合わず、畳の新しきだけが取りえなり。
 垂柳子ついにたえずして去る。
 我もまたついに守ることあたわずして引き揚ぐ。

    かやなし

 蚊の出で来たること夜々に多し。下座敷にては老人たちすでにかやをつれり。二階に寝る我はいまだつらず。二階とて蚊は出るなり。ずいぶんつらき夜もあり。

    絽の羽織

 夏の初め一カ月絽の羽織蔵より出でたりしが、たちまちにしてまた入檻。その後わずかに一日間さらに白日のもとに出でたりしが、たちまちにしてまたまた姿をかくしぬ。しこうして今や秋風吹かんとす。

    一五夜

 一五夜、月を見ず。絃歌盛んに響く九階の辺、かんしゃく起こりてたまらず。実にわがままなるものなり。わが遊ぶには理屈あり、人の遊ぶは苦々し。我が遊ばざるの理屈はただ金無しというのみ。

    原稿紙の裏

 このごろ紙なし、古き原稿紙の裏を用いて用を足すなり。車には乗らぬことと決めたれば、歩くもなかなか風流なるここちす。一袋一〇〇目一〇銭あまりのたばこも飲めば飲まるるものなり。

    人々苦にす

 わが着物きたなしとて人々苦にす、今始まれることにもあらねど、我も苦にならぬにはあらず。されどせんかたもなし。

    こしらえてくれるはず

 炭尽きぬ、油尽きぬ、いかんせん…

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